ニラカナ!航海日誌 第一話「墜落」2
作: 蒼雷のユウ

日時: 2009/08/18 22:09




 シャトルは大気圏突破後、再びステルス機能を起動して船体を周囲の景色に合わせるように擬態させる。
 簡単にいえば、カメレオンが持つ能力を疑似的に作り出すのである。これにより、カメラや肉眼では姿は見られないようにできる。但し、熱源反応だけは隠しきれないが、それを探知できる技術はこの惑星に殆どないので心配ない。
 シャトルは雲を突き抜け、ぐんぐん地表が近付き、山が、海が目視出来るようになり、それが大きくなった。
 シャトル内では、ファルクス以下乗組員は着水シークエンスの最終調整に入っていた。

「シャトルは降下コースに沿って放物線を描くように緩やかに近づきつつ、海面までギリギリから着水の瞬間は一気に落ちろ。ステルスで船体が視えないと言っても、水飛沫だけはどうにもならないから、鯨が跳ねたように見せかけるんだぞ」
「了解しました」

 操縦士の男性が復誦し、緊急時用の大気圏突入システムを使った制動噴射で船体を調整する。
 これはメインのシステムとは独立して稼働するように設計されているため、オートパイロットを解除できなくともエンジンが緊急停止した場合でも、船体制御ぐらいはできる。
 降下スピードがみるみるうちに落ちた。シャトルは緩やかな坂を下りるように海面に近づいていく。既に近くには二つの島が目視できる。海面から約十メートルの所で一旦平行し、滑空する。
 その時、ファルクスは再び船内放送の電源を入れた。

「全乗員に連絡。まもなく本船は着水する。大きな衝撃が来るので備えは怠るなよ」

 それだけ告げてシートに座ってベルトを締める。それから十秒後に指示を出した。

「着水!」

 操縦士が復誦し、制動噴射を停止させる。
 同時にシャトルが急落下して、直ぐ下にあった海面に激しい水飛沫を立てながら着水する。ドパーンッという高い音が響く。
 その後は緩やかにゆっくりと海面で移動していく。ちなみにこの移動はオートパイロットの影響である。未だに解除できていない。
 搭乗員全員が安堵の吐息を漏らす。みな、ハーネスを外す。

「お疲れさん。とりあえず無事に済んだようでなにより」

 ファルクスが立ち上がって、部下達に声をかける。彼らも同じように上官に労いの言葉をかけた後、一分して現在の状況を説明する。

「現状を報告します。本船は『沖縄県富見城市浦島群島』の北西部に不時着した模様です。船体の損傷は軽微。レーダー機器、シールドジェネレーター、機関部、その他エネルギーの供給は異常なし」
「周辺地域に異変なし。飛行物体の出撃は認められません。どうやら、完全に隠し通す事が出来ました」
「ですが、以前操縦系統は反応なし。オートパイロット、継続されています。また、通信系統もダウンしており、救援は望めません」
「シャトルは完全にこの惑星内で孤立する結果となりました。原因不明のまま、船の機能は生きたまま飛び立つ事が不可能な状況です」

 全員、各々が役割を分担して素早く収集した情報を報告した。
 彼らが自らの行き来できる世界に帰る為には、船が動かなければならない。実質これは、周りが谷に囲まれ、唯一の橋を落とされた帰宅不可な状況の観光客だという事。
 つまり、救助が来るまで長い間、否最悪の場合は一生この惑星で余生を余儀なくされるという事態なのだ。

「・・・成程。ここで俺とエレナやローラ姐さんを含め、皆は俺の家族になるって事だな。よし、今から子をもうけようか二人とも!」
「―――」
「―――」

 何故そのような結論になるのか、とエレナ以下乗組員達は冷たい視線をファルクスに送った。
 その時、船長席の後ろに聳える自動ドアが突然開き、奥から独特の服装をした男がブリッジに入ってきた。ドアの開く音に反応し、一同がその男に視線を向ける。
 男は入ってきて早々、両眉を潜めて怒りが込められているような表情で、不機嫌な声を発する。

「・・・ファルクス中尉。一体何があった? 船が調査対象惑星に墜落するとは。それに、最後の着水の瞬間。いくら衝撃に備えろと仰っても、アレでは難儀だ。お陰で私は床に額をぶつけた」
「・・・。へぇ、身体能力高い武人のミナカが、まさか床にぶつけてしまうとは。その場面見てみたい気も―――」

 瞬間、ファルクスが何気ないお気楽な一言で反応したミナカという男から、ドス黒いオーラが漂い始める。そして、その腕は腰に添えられ何かを振り切ろうという姿勢になる。
 そのオーラが殺気であると理解して、ファルクスは冷汗をダラダラと流して、慌てて言い直した。

「―――いやほら! 穏やかに降下したら、なにも無いのに水飛沫が立つと、もし近くで見てる奴が居たら不自然に思うだろ? だからああいう着水の仕方をして、鯨が先ほど何事も無く跳ねて飛び込んだように見せかける必要があったんだよ!」

 苦し紛れに思える発言だが、理は適っていると理解したのか、ミナカという男は腰から手を離し、深々と溜め息を吐いた。
 ちなみに彼の腰には、目立たないが一応対人用の武器が収められている。勿論、明らかに人を傷つけられる正真正銘の武器だ。

「・・・まぁ、部屋で眠っていた私にも非はあった。この事は不問に伏そう。しかし、私は『ウィンドルーツ』所属の者。上より、この部隊で起こった事は全て報告する様命じられている身。状況を全て話してもらいたいです。ファルクス中尉殿」

 ミナカという男――黒い短髪でモミアゲが長く、僅かに生える無精ひげ、和風な肌と引き締まった肉体など鍛え抜かれている、下に袴を着た武士のような人物――は、怜悧な視線で、それでいて自分が居るこの部隊の隊長に敬意を払う姿勢を見せた。
 ミナカはこの部隊の白兵隊に配属された人間で、彼に課せられた任務はファルクス中尉を護衛し、立ちはだかる敵を容赦なく排除する事。しかし、護衛対象者の安全が確保され、尚且つ本人から命令が出た場合、それを優先する。
 つまり、ファルクスの身が安全であるという場合のみ命令次第で敵を倒すか倒さないか、その行動もありうる、と言う事だ。その内容で、普段もファルクスを上官の様に見て、部下らしく振る舞う事が、ミナカが所属する本来の部隊の直属の上官から指示を受けている。
 公式ではミナカは転属になっているが、実のところ派遣されていると言った方が良いだろう。
 年齢は二十代後半。
 階級はない。というのも、連邦軍の人間ではなく、政府直轄部隊の人間だからだ。ただ、軍では准尉扱いになっているため、エレナ准尉と同期。元々政府直轄というのは諜報員扱いである為、表向きでは特殊治安維持部隊「ウィンドルーツ」となっている。
 また、階級がないにも関わらず准尉扱いであるのは、ウィンドルーツが軍の部隊であると思わせたい為だ。実際、ファルクスを始め、部隊全員がミナカは政府の人間である事を知らない。別の部隊から転属になった准尉と思っている。
 ミナカは自らの准尉であるという立場を弁え、ファルクスに質問した。
 茶銀髪の中尉はどこから話すべきかと考え込む仕草を見せ、その横から彼の副官であるエレナが素早く彼らの横に立った。

「中尉、その話は私が。ミナカさん、事情を説明します」

 彼女はこのシャトルで何が起こったのかを、丁寧に順を追って説明する。
 調査中、シャトルが原因不明のオートパイロットになって、勝手に上部スラスターが稼働してこの惑星に向かった事。救助を呼ぼうにも通信系統はダウンして母艦に状況を知らせる事が出来ない事。ステルス機能で現地の人間に姿を見られた事はとりあえず無い、と言う事を。
 話を静かに聞いていたミナカはそうか、と呟いて頷いた。

「――察するに、この惑星に墜落して現在当分の生活や対策を講じているところ、ということだな?」
「ええ、そうです」

 エレナが同意する。
 ファルクスが彼女に続いた。

「だが、今現在でオートパイロットは解除できず、ここで原因を調査していたら、それこそどれくらいの時間がかかるのか計り知れねぇし。ここに引きこもって分かる事は限られる。俺は、外に出て本来の調査を含めた事をすべきだと思うがな」
「しかし、船長。外出の場合、こちらの通貨が用意できないのですが。そもそも、技術的に遅れているこの惑星で得られて、ここでは得られない原因とはあり得ないと思いますが」
「准尉。何事も合理的なのは良いけどさ。常に例外というのは存在するんだ。あり得ないことはない。もしかしたら今回は俺達の技術では解明できない謎かもしれないぜ?」
「それなら尚更。科学的に解明できない非科学的な現象に我々が無闇に踏み込むべきではありません。危険かもしれませんから、せめてここで十分調査してからでも遅くは無いかと」

 エレナは表情を崩さず、ファルクスの提案に反論する。
 これまでも彼らの技術では解明できていない現象に遭遇した事例が僅かに、しかし確実に存在した。その全てが危険なもので、多くの仲間が大変な目に遭ったという報告がある。
 仲間を危険な目に遭わない為にも慎重に行動する事も軍人の仕事だ。エレナは仲間を守る為に反論している。
 しかし、ファルクスはそれを少し嘲笑うように白い歯を見せる。

「ハハハ。相変わらずエレナちゃんは頑固で我侭だねぇ。流石は軍人の家の出。好奇心というものが足りないな。不確定要素を何時までも恐れては、軍人はただの闘う人だよ?」
「軍人とは闘い、守るものです。態々我々が罠の張られた場所に足を踏み入れる事はないでしょう」
「軍人とは須くそういう危険な場所に赴くものだけどね。まぁいいや。なら、俺とミナカ、その他数名を連れて外に出て調査する。エレナ准尉、君はここに残ると良いよ。君は俺を補佐する副官だから、俺の意思に反して俺と離れて原因を究明すると良いだろうねぇ。後で上にもそう報告しておくから」
「―――」

 ファルクスがニヤリと笑ってそう言った途端、エレナは表情を変えて口を噤んだ。
 卑怯だと思った。普段は軍事に不真面目である彼が、ここにきて軍事を語るとは。
 軍内部において、階級による上下関係は絶対の真理だ。それこそ指示を円滑に進める為に設けられているシステム。はっきりとした立場の違い。下位の者は上位の者の命令を受け、それに従わなければならない。
 エレナの意見は最終的に上官の意思に反する行為という結果になる。副官は上官を補佐し、時にその間違いを正す役割だ。その為に反論しても構わない。
 しかし、最終的に上官の言う事が正しかった時には副官が間違っていた事。それが報告されれば、上層部は命令違反であると受け取るだろう。その情報はエレナの父親にも伝わるだろう。
 それはいけない。父は娘の失態に悲しむだろう。それだけは避けたい。副官になって長くないが、ファルクスはエレナ自身の気持ちを理解した上で言ったのだろう。だから少し卑怯だと思った。
 そう思っても特に嫌悪感を露わす事は無く、彼女は深く溜め息を吐いた後、再び顔を上げて決意の秘めた目を見せた。

「―――分かりました。確かに情報を得るには広範囲であると効率が良いでしょう。データベースで得られない情報が手に入る可能性もありますし」
「・・・フ。それでこそ准尉だな。これで、俺のハーレム遊びの完成―――」
「は?」
「――いや、調査の進展は滞りなく進む完璧なパーティだな」

 苦笑いを見せ、ファルクスは船長席に座って端末を扱い始める。
 エレナはその傍で首を傾げて目を白黒させながら、その後ろ姿を見ていた。
 同じく傍にいたミナカは顔に手を当てて呆れたような声色で、「准尉殿、貧乏クジを引いたようだ」と、呟いていた。
 その声を聞いたエレナはさらに混乱する事になったが。
 ある程度して。

「ローラの姐さん。この群島の環境や有名どころなど、地域の紹介をしてくれ。それは調べ終わっているだろ?」

 ファルクスが銀髪を伸ばした女性ローラに訊ねる。
 ローラはコクリと無言で頷くと、メインスクリーンに地図を表示させて説明する。

「南の島ですので、海水浴などが賑わっている事が確認されます。近くに砂浜があるようです。出店の存在も確認済みです」

 マップ上の左側に「恋鯨ビーチ」という名の場所が明るいマークで示される。そのビーチがあるのは竜空島上の東側だ。そして、そこがファルクスがさっき水着の女性をカメラで撮った場所である事は、彼自身直ぐに分かった。
 端末越しで少し指を動かした後、彼は僅かに頷いて勢いよく立ち上がり、そして高らかに宣言する。

「よし、まずはそこに上陸だ。そこで最初に調査兼これからの生活資金を得る情報を得る! あ、ちなみに上陸する者は水着持参ね」

 その場に居た全員が彼の言葉が一瞬理解できず、「は?」と茫然とした。
 ファルクスは再び告げる。

「だから水着持参。この格好で出歩く訳にはいかないだろ? 周りと同じ海水浴に来た観光客を装って上陸するんだ。そこで情報収集していく。ちなみにこれ、船長命令。あ、決して遊びに行きたいとか、女の子達の水着姿が見たいわけじゃないから」

 そんな下心見え見えな意見が通ると思っているらしく、ファルクスはそのまま船内放送でこれからの方針をその他の搭乗員に報告する。彼がマイクに向かい、声を出して告げていく。
 エレナはようやく状況を理解して、慌てて口を開いた。

「ちょ、ちょっと船長! それはいくらなんでも―――」
「諦めなさい、准尉」

 だが、その反論を止める者が居た。
 ナビゲーター席から立ち上がり、彼女の横に立って肩を叩く銀髪の女性、ローラだ。

「ファルクス中尉は船長命令を発令したわ。私達はそれに従っていく。それが決まりよ」
「ローラ・・・。でもこれでは、軍人が遊びに行くようなものだけど」
「私は賛成だわ。この格好じゃ怪しまれるし、水着の方が何かとビーチではやりやすいわ。それに、色々仕事しっぱなしでたまには羽を伸ばすのも悪くないわよ? 大丈夫、貴女水着持ってないでしょうから、私が用意しておくわよ」
「いえ、そういう問題では―――ミナカさん、何とか言ってください」

 エレナが隣にいる和風の男に助けを求めるが、彼は呆れた表情をしながらも無言で首を横に振った。

「・・・呆れてものも言えない。だが、中尉殿の意見は正論だ。外で情報収集するならその方が良い。何より、正体が感づかれる事は無い」
「・・・うぅ」

 ミナカの言葉を聞いて、エレナは肩を下ろしてしまう。
 ファルクスの意見は確かに理にかなっている。だがそれが展開次第で遊びになってしまうのが気に入らないのだ、彼女は。
 軍人は仕事をするもの。水着姿でビーチなどに行ったら、本来の目的も忘れてしまう可能性がある。しかし、反対は出来ない。合理的に考えれば正しい。遊びになるかもしれない、ただそれだけで反対するのは難しい。同僚であるローラも乗り気で、他の者達も同じような意見のようだ。私は今アウェーなの、と思ってしまう。
 エレナが逡巡している内に、ファルクスは話を進めていた。
 このシャトルのステルス機能を解除する為に、外壁を鯨に偽装させるという話が出た。
 これはステルス機能を展開し続けると、いつか偶然航行する船舶などがシャトルとぶつかってしまう可能性が高い。鯨に偽装するのはそれらを防ぎ、警察機関による捜査を防止する為だ。その仕事は機関士達や誰か手の空いている者に任せる事になった。
 ファルクスは言う。

「よし。それでは各自これから上陸の準備をしてくれ。外出する者は私服に着替え、水着をセットで持ってくる事。あと、小型スキャナーは各自持参する事、翻訳機になるからな。では一時解散」
「了解」

 全員が敬礼して返した後、ブリッジ要員が立ち上がって準備を始める。
 ローラが早速とばかりにエレナの手を引く。

「じゃあ今から部屋で準備しましょう、エレナ。私が色々見立ててあげるわ」
「ちょ、ちょっとローラ! わ、私そういうのは―――」

 エレナの言葉にも居を介さず、「いいからいいから」と言って、そのまま二人してブリッジを後にした。
 シャトル内では搭乗員に寝泊まりできるように、二人一組で部屋がある。彼女達は同じ部屋を共有しているので、今は公私ともに親しい間柄である。
 それを見送ったファルクスは、もう少し端末を扱った後、ゆっくりと立ち上がる。既にブリッジには彼と傍に居るミナカしか残っていないようで、他は皆部屋に向かったようだ。

「ん? ミナカ、お前は準備しないのか?」
「私にとっての準備は腰に差すこれだけさえあれば、十分」
「そうか。お前らしいな」
「そういう貴方こそ、らしい。一体今度は何を考えているのか不明だが、調査のついでにしばらくシャトル内で缶詰状態だった乗組員達を労おうとしている」
「・・・」

 ファルクスは一瞬少し驚いた表情を見せたが、直ぐに不敵な笑みをミナカに返す。

「――俺は調査と女の子と一緒に楽しい日々を過ごせば、それで良いさ〜。さて、準備準備♪」

 スキップする勢いで上機嫌にブリッジから出るファルクス。
 後に残ったミナカは一瞬船長席に顔を向けて、彼が先ほど扱っていた端末を視界に収めるが、やがて肩を竦めると同時に上司に追随する部下のような振る舞いで、扉を通った。
 船長席の端末に映し出されているのは、浦島群の地図の上にビーチの光景や屋台、そしてとあるオフィスビルと白い鯨を写した画像だった。


                   ◇


 暫くして外に続く通路の前には、ファルクス達ブリッジ要員が集っていた。
 研究チームはこの地域周辺の地質や空気中に漂う成分の分析に没頭しており、機関士達は外壁を鯨に偽装する為の作業に奔走中である。
 よってここに居るのはファルクス、ミナカ、エレナ、ローラなどのブリッジ要員だけだ。

「アレ? 結局ついて行く事になったんだ、エレナ」と、ファルクスがニヤニヤした顔で、未だに複雑そうな表情を見せるエレナに声をかける。
「―――遊びに行く訳ではありません。あくまで、軍の仕事である調査と原因究明、そして中尉がサボらないように副官として見張り、補佐する為に同行するだけです」

 心の中では好きで同行する訳ではない。同行する事が任務だ。
 前にファルクスの性格を更生させるという野望の為に、副官という役職を途中退場せずに続けられるというのは本気でそう思っている訳ではない。そう言い聞かせているだけだ。本当は仕方なく務めている。
 ファルクス中尉直属の下士官になって、彼を補佐する事。それが、彼女の父からの勅令だった。理由を尋ねても、彼は優秀な能力を持っている話だから、彼と一緒に任務をこなせばお前の昇格も早まるかもしれないからな、と一点張りだった為、深入りせずに多少父に対する不安を抱きながらも受け入れている。
 しかしそうであっても、彼女にとって父の言葉は絶対だった。自らの不安を口にして今の仕事を辞めたいなどもっての外。父の命令なら仕方が無いという感じで、渋々今の役割に徹している。
 何時の日か父と同じ職場に就いて、父の仕事の手助けをしたい一心故で、猛勉強して猛特訓して、軍に入ったのだ。
 それが彼女の夢だった。
 父を尊敬し、目標とし、自分を愛してくれた家族の為にこの道に進むと決めた。恩を仇で返すような事は好まない自分は、愛する父の言葉通りに動く。
 これまでも何事も父の為前提で動いてきた彼女。父の仕事の手伝いと思って仕事にかかる彼女は、つまり重度のファザコンなのであった。
 因みに、彼女がそういう性格であるという事実は第四小隊全員に知れ渡っているらしい。

「まぁ、いいか。ついて来さえすれば、後は何かと言いくるめられれば・・・ぐふふ」
「???」

 ファルクスが急に笑い出したので、訳が分からずエレナは首を傾げる。彼はエレナの傍に居るローラに声を掛ける。

「姐さんの準備は良いのかい? ちゃんと一式持ってきた?」
「はい。私のもエレナの分もキチンと入れてあります。彼女は色々端末や銃や弾丸を持っているので、私が持つ事になっています」

 流石ここでもエレナは軍事の事を考えるとは、とファルクスは思った。だが特に気にする必要は無い。何分親しい女性のローラがその気なのだから、いくらでもチャンスはあろう、と思い何も言わずにそうか、とだけ返した。
 続けて彼は、恐らく遊びとか調査とか殆ど考えておらず、自らに付いて行って守ることぐらいしか考えていないだろう武人の男、ミナカに目を向ける。
 本当に彼は、手荷物を一切持たず、壁に背中を預けて腕を組んでいる。袴姿だ。どこまで和風に拘っているのだろうか、とファルクスは疑問を抱くが、それはまた今度訊ねようと保留にした。
 だが、これだけは訊ねておく。

「一応訊いておくけど、ミナカ。お前はどうして外に?」
「無論、貴方を護衛する為です。何か問題が?」
「いや別に。どうしてそこまで、って思っただけさ。ああ勿論、俺の命令は効くんだよな?」

 コクリと無言で頷くミナカ。

「たまには滝にでも打たれたらどうだ? 鍛えられるぞ、いかにも修業みたいで。若しくは色々何かこれを機に開拓してみるとか」
「・・・。考えさせてもらおう」

 ミナカはただ一言、ぶっきらぼうに答えた。
 そこに海を渡る為にボートを用意している残り二人のブリッジ要員から、準備が整ったという知らせが入った。
 一同は外へのエアロックを開ける。気圧の差でシュッという音がする。たちまち、強い日差しが中へと差し込んだ。同時に潮風が吹きこんで来る。
 そこは一面青い色だった。遥か彼方へと続く海面は凄く澄んでいて、中まで透き通って見える程に綺麗だ。波の音が所々に響き、まさに南の島の海という雰囲気を醸し出す。
 道は途中で途切れ、そのまま進むと海へと落ちるが、今はボートの上に乗る二人の男性が待ちわびている姿がある。

「待たせたな、船長。準備に手間取っちまって」と、フランクな言葉遣いの男性砲撃士が声を掛けた。
「ああ、良いって。態々御苦労だったよ」

 ファルクスが僅かに顔を下に向けて、ボートに乗る二人の顔を見ながら言う。

「かなりの高さがあるので、気をつけて乗ってください。揺れませんから大丈夫です」

 もう一人の男性操縦士が手を差し伸べる。
 最初にローラ、次にエレナ、その後にファルクス、最後にミナカの順に乗り込む。
 その後エアロックを締めて、自分達以外では開けられないようにロックする。ボートの操縦は男性の操縦士が務め、一番前に男性砲撃士が腰を下ろしている。
 ボートはゆっくりと進み、シャトルから離れる。

「おぉ、これはまた随分と変わったな。こりゃ遠くから見たら、ほぼ間違いなく鯨にしか見えない」

 離れた事でシャトルの全体像を見れるようになったファルクスは、その今のシャトルの姿を見て感嘆とする。
 偽装は巧く行っているようで、シャトルは人工的に作られた鯨に変わっている。勿論外見だけで、中身は変わっていない。これがファルクス達のアットホームとなる。自分達は近づけば一目で分かるので、何時でも戻ってこれる家みたいな場所だ。
 ボートはそのまま迂回して、恋鯨ビーチなる浜辺に向かう。既に距離は近く、三分もすれば着ける距離だ。両端に二つの島、竜空島と玉手箱島が見え、その間に位置する奥の島は乙姫島がある。
 これからここで調査、そして生活する事になる島をしっかり目に焼き付けようとファルクスは思った。思わず何だか心の中が踊り狂いたい程にワクワクしているのを彼は感じてしまう。これからの遊びに期待している為だろうか。それとも―――。
 そんな彼の心境を察したのか、副官であるエレナが再度釘を刺してくる。

「ファルクス中尉。言っておきますが今回は遊びに行くわけではありません。きちんと調査を遂行する事と軍人としての自覚を持って下さい」
「へいへい。分かってますって」

 それくらい忘れないよ、遊ぶなだけは守らないけど、とファルクスは心の中で付け加えた。
 ボートは真っすぐ竜空島へ向かう。

 ―――いよいよ、始まるのだ。未知の大海に浮かぶ島での物語が。そこには様々な喜怒哀楽の要素があるだろう。様々な人と出会い、学び、与え、関わっていく。これはそんな、楽しい物語。
 だが、彼らは未だ気付いていなかった。この群島を覆う程に漂う、未知なる不思議な力を。そして、この世界で蠢く、ある陰謀を―――。



☆ 第二話へ続く・・・。