ニラカナ!航海日誌 第二話「上陸」1
作: 蒼雷のユウ

日時: 2009/09/07 12:52



ニラカナ! 航海日誌


☆第二話「上陸」☆

 
 沖縄県豊見城市浦島群島、竜空島「恋鯨ビーチ」北端部

 鯨にしか見えないが、実際は宇宙を旅する船からボートで海を渡って来た数人の男女。その内の一人であるファルクスは彼らのリーダーである。
 彼らはビーチの端、岸辺にボートを接舷させると、ゆっくりと上陸する。

「ん。ん〜〜〜。固まった地面は、やっぱ良いねぇ」

 地面に足を着けたファルクスは、両腕を上げて背伸びする。今までグラグラ揺れる環境に居たのだから、普通の上陸は久しぶりな気分だったのだ。
 シャトルから出る前に私服に着替えた彼の姿は、遊ぶ気満々なのか、それとも観光客を装うとして考えた結論なのか、アロハシャツに半ズボンというラフな格好だった。
 続いて後ろから、ミナカが慣れているように降り、エレナとローラがゆっくりと下船する。

「結構ボートって速いんですね。初めて乗ったので、よく分からなかったですけど、結構気持ち良いものです」

 降りて振り返ったエレナが、経験した感想を述べる。
 皆、宇宙船に乗り慣れているので、船酔いした者は居ない。宇宙空間に出る者は、例外なく関係した訓練を受けたからである。
 この中で初めてボートに乗ったのはエレナだけのようで、彼女の傍に居たローラは特に感慨ない声を発した。

「私が軍に入る前は、結構乗り慣れてるわ。妹と一緒にね。あの頃は結構楽しかったわよ。・・・不安そうな表情で『姉さ〜ん』と呟いて、ボート初体験の妹を見るのは」

 彼女はふっと切なげに宙を眺め、懐かしそうなものを見るような表情で、さらに、ポツリと呟く。

「あの頃だけが良かったわ。・・・ボートに乗ったことが無い妹を適等に言いくるめて強引に乗せた時とか、乗せた後にワザと大きく揺らした時の悲鳴を聞くのは」
「な、なんだか凄い悪意を感じるのですけど!」
「それをこの子は・・・。悲鳴までは行かなくても、恐怖で身体を震わせるとか、不安そうな顔をするとか、それなりの反応を期待していたのに。それも直ぐに慣れてしまうなんて・・・。有能過ぎるのも考えものよ」
「えっ? 今、私の才能を全面否定された!?」

 エレナが物凄くショックを受けて、僅かに身を引いた。
 ローラは冷静沈着な大人というイメージがある。確かにそう思われて不思議ではない性格と立ち回りを持つ彼女。しかし実は、潜在的に他人の困惑した表情を見ると楽しい気分になる、という変わった側面を持っている。通称、サディストというものだ。
 彼女は、自分にはそういう感情がある、と公言しておらず、また気づいていないようなので、余計にタチが悪いと周りは思っている。これまで被害に遭った人数は数知れず、なのだ。
 ファルクスはそんな彼女の言葉を聞いて、面白可笑しく口元を緩めた。

「流石だぜ、姐さん! あのエレナをここまでショックを与えるとは」
「・・・あら、そうですか?」

 意外そうな顔をするローラ。これが、自覚がないように思われる要因である。
 しかしながら、彼女は細目で口元に薄ら笑いを浮かべて、指を顎に添えた。

「―――正直なところ、そんな生温い反応より、私ナシでは生きていけない程に追い詰めてみたいと願っているのですが」
「何その一部発言聞いたら嬉し恥ずかしなアレなのに、最後まで聞いたらスゲー歪んでる願望!」
「例えば、メデューサの瞳によって石化したエレナを、私がお持ち帰りして、人形を愛でるように一生私の傍に、とか」
「既に話が重いっすよ! 確かに傍には置けるが石化したら生きてられないぜ! ・・・だがそうなるとやってみてぇ」
「ファルクス中尉!? 上官にあるまじき発言です!」
「他には、そうね・・・。―――中尉。貴方とは、末永い未来の為に心中なら結ばれても良いです」
「あぁっ、すげぇ嬉しいけど、俺にはまだやる事があるのだが! というか、何でそういう展開しか俺と結ばれないのか!」
「良いと思いますよ? 高層ビルから飛び降りれば、地面に叩きつけられた時に、二人の身体の中身が弾け、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。尚且つ、天に二人一緒で昇る。身体も魂も、良い結ばれ方だと思いますが?」
「・・・成る程、その手があったか!」
「ファルクス中尉!? 人間にあるまじき発言です!」

 ローラとファルクスの妖しい笑みを浮かべながら交わされる会話に、随時エレナが真面目にツッコミを入れている。
 ある意味において、そんな事が現実に起こったら怖い。正直、暗い話はあまり起こって欲しくない、とエレナは思っている。だからこの話は少々苦手であった、彼女は。
 結果、相手の標的になっていると彼女は気づいていない。
 そして、ローラはふぅ、と息を吐くと暗い笑みとは打って変わり、普段の表情で微笑んだ。

「それは冗談として。私は今でも楽しいと思っています。このような平和であれば、と望んでいます。・・・そう。いつの日か、どのように中尉の首に輪をつけて躾けた後『ひれ伏しなさい、この駄犬が!』と命じるその時、考えるだけでもゾクゾクする日々を送っている私です」
「今、一瞬凄い下克上的な野望出たなっ!」

 これには、ファルクスもツッコミを入れざるを得なかった。
 ローラは先ほどの発言に特に動揺した様子を見せず、ただ普通に被っている麦藁帽子を片手で押えつけた。
 そこに彼女たちの後ろで、ボートが流されないように岸に固定作業をしていた男性二人がようやく地面に足を着けた。

「ファルクス。ボートは何時でも出れるようにしたぜ」
「おおぉ、サンキュ。おっ疲れさん、二人とも」

 ファルクスが陽気に返すと、先ほどの砲撃士の隣に立つ男性操縦士は敬礼して、「これくらいなら何時でも」と返した。
 彼らが今居る地点は、竜空島の恋鯨ビーチの傍にある林道の端。人は全く通らない、林が立つ岸辺だ。ここに上陸したのは、上陸する瞬間を見られないようにするためである。海から移動用ボートを使って下船する人を見れば、誰でも怪しい無断で国境を越えた外国人と思うだろう。これを考慮して目立たない場所に移動したのである。
 だが、上陸すれば後は一般人に紛れ込むだけで良い。これからは、観光客として堂々と動き回れるだろう。
 ファルクスは一旦周りを見回すと、メンバーに身体を向けて、直視する。

「―――よし。それじゃ、今後の行動指針を確認してこ。まず、ここですることはシャトルが墜落した原因の究明、どんなことでも良いから情報収集、そして当面の生活費、やる事の確保だ。強制じゃない、出来る限りの事はやって欲しい。基本的に自由行動だ。だが、役割分担はしてもらうからな」

 彼の言葉の後、搭乗員達は了解、と口を揃えて返す。

「生活費とやる事の確保は、俺とミナカがやる。エレナとローラは情報収集だ。後の者は原因究明に尽力しろ。これは、各々の能力を考慮した人選だ。直ぐにやり遂げ無くても良い。モチベーションの維持の為に遊んでも良し。シャトルに戻っても良し。他の者の手伝いしても良し。とにかく、最後まで諦めるなよ、いいか?」
「「「「「―――了解!」」」」」
「よし。・・・では、一時解散!」

 ばっ、と手を上げて宣言する。
 その場に居た全員は忍者の様に素早く散開―――はせず、雑談をしてゆっくりと林道に向かって歩く。
 上官の命令は緊急性を持っていない。故に皆マイペースで仕事にかかろうとして、気楽に歩いているのである。

「中尉殿、まずはどのような事を?」と、ファルクスに追随するミナカが、横から訊ねる。
「そうだな。・・・エレナ准尉が進言してた、生活費の確保だろう。ビーチには出店がある事だし、俺たちの能力ならバイトなど容易いだろ? それを探さないとな、働き場所」
「・・・成る程。確かに切実な問題である。私も身を粉にして助太刀致します」

 頼んだぜ、とファルクスの答えに、コクリと返すミナカ。
 それを見ていたエレナは、これが本当の理想な、上司と部下の光景なんだな、という考えが頭に過ぎっていた。
 ぞろぞろと六名の異邦人のグループが林を抜けて林道に出ると、急に先頭にいたファルクスが声をあげて、同時に足を止めた。
 
「ど、どうしたんですか。ファルクス中尉?」と、エレナが代表して彼に訊ねる。

 彼の様子を見ると、何かを思い出したような感じだったので、何か忘れ物でもしたのか、とも思ったが。
 ファルクスは身体を震わし、拳を作った。

「そうだ。・・・その前にやるべき事があったんだ。これを忘れてはならねぇぜ・・・!」
「おぉ! 中尉が珍しく真面目に軍務をこなそうと、奮闘しようとしている様子で―――」

「水着の美女&美少女を、ナンパだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! 南の島でのバカンス、宇宙暮らしにとっては新鮮だぜ! これを逃す気一切ナシーーーーーーーーーーーー!」

 大声で吼えた茶銀髪の男は全力疾走で駆け出して、ビーチに向かう。
 突然の事に呆然とした残り五名だが、直ぐに我に返ったのは、あの態度に一番慣れている補佐官のエレナだ。

「こ、コラーーーー! 私の感心を返してください、ファルクス中尉! というか、先に仕事してくださーーーーーい!」

 上官の背中に向けて大声で呼びかけてみるが、既に彼の姿は小さくなり、聞こえているかどうか彼女は分からない。
 耳元で叫ばれて、強制的に我に返ったミナカは溜息を吐きながらも、前に出た。

「こちらは私が付く。そちらは命令通り、お願いする」

 手短に告げると、前に出た彼は陸上選手の様な速さで、ファルクスの後を追った。
 そして、後に残されたのはエレナを含めた四人の部下達だけであった。先頭に立つエレナが伸ばした右腕を下ろして深々と嘆息すると、ローラは彼女の肩を軽く叩いた。

「ふふ、相変わらずよね。エレナも大変だわ」
「・・・はい。変な上司を持つと、本当に大変です。苦労します。・・・ローラお願い、代わって?」

 エレナは首を傾げて、隣の女性にワザとらしく懇願してみるが。

「嫌。私は、自分が苦労で疲れきった表情をして何かを得するより、貴女の疲れきった顔を見るのが大きな楽しみなの」
「それ凄く酷くないですか! ローラに付き合う人、絶対私より苦労しますよ!」

 即答で拒否したローラにツッコミを入れるエレナ。その光景を苦笑いを浮かべながら眺める後ろの男性二人。
 さらにふぅ、と嘆息したエレナは気持ちを切り替えて、改めてローラに訊ねる。

「ねぇ、ローラ。情報収集って本当に何でも良いのですかね?」

 ローラは考える素振りを見せず、また即答する。

「そうね。何でも良いのでしょう。墜落原因に繋がる情報でも良いし、この辺りの経済や生活など情報でも良いし、趣味に関する情報でも良い。とにかく何か鍵になるような情報を集める事が、多分今後に役立つ資料になるわ」

 ふ〜ん、と暫し考えるエレナだが、実のところ有能で幅広い分野をこなせるが、発想力が無く機転がきかないので、いくら考えても良い案は思い浮かばない。平たく言えばオリジナリティが思い浮かばないのである。考えられる結論は、マニュアルに載っているような事項ばかりで、合理的に一番良い案しか良いとしか思えない。私情は挟まない、それがエレナの考え方である。
 故に、エレナは命令通りに色々情報を集めるべきと、改めてその考えを固めた。
 彼女は顔を上げた。

「とにかく情報を集めましょう。片っ端に一般人からそれらしく聞き出して、何か今後の活動に役立つような情報が目的です。場所はどこが良いと思います?」
「そうね・・・。やっぱり、ビーチだと思うわ」
「・・・それしかないですね。では、私たちはそこに行きましょうか。貴方達は、命令通り原因究明を視野に行動してください」

 エレナが後方に立つ二人の男性に振り返りそう告げると、彼らは敬礼を見せて復唱した。隊の中でファルクスの次に偉いのは准尉の地位を持つ、エレナとミナカ。男性二人にとってはエレナも上司なので、素直に受け取っている。
 そして、ローラは目の前の少女の答えに、少しばかり驚いた表情を見せていた。

「驚いたわ・・・。あんなにビーチに行くの嫌がっていたのに。貴女、一体どんな心境なのかしら?」

 彼女がそう訊ねると、エレナは振り返って苦笑いを浮かべて答える。

「別に、遊びが目的ではない、という事は今でも変わりません。ただ、観光客など人が多く集まる場所は自然に情報も集まりやすい、という結論だからです。だから、その為にビーチに行くんですよ」
「―――そう。そうよね、うん。貴女らしいわ」

 ローラは本当の姉のように、満面の笑みを浮かべる。そして、まるで妹をあやすように、エレナの頭を撫でる。

「わ!? ちょ、ちょっと急に何ですか?」

 本人は突然のことに困惑しているようだ。父親しか居なかった彼女にとって、他人から頭を撫でられた事は今までより何倍も驚く事だった。
 ローラは最初の頃は、姉のように自愛に満ちた笑みを浮かべていたが、その触り心地が良かったのか、次第に妖しい笑みを浮かべ始めた。

「エレナの髪って本当にこれ以上伸ばす気が無いの? 柔らかい髪を梳いたら相当気持ち良くなるわ。今でもこのふわふわ感は気持ち良いけど」
「伸ばす気ないです。あんまり伸ばすと任務の時に髪が集中を乱しますから。というか、何時まで撫でてるんですか、ローラ!」
「う〜ん・・・。―――止めたくないわ」
「え、答えるの!? 私の人権無視ですか!」
「こんな手触りの良い髪をみすみす離すなんて出来ないわ。なんだか、ウチから湧き出す感情を止められないわ。あぁ、もっと愛でて良いかしら?」
「駄目に決まってますよ!」
「そんな必死な表情で駄目って言われたら、益々止めたくないわね。この表情をみすみす崩す気なんて沸かないわ」
「駄目ですって! ちょ、ローラ!」
「あぁ・・・。気持ち良いわね、案外。さらにエレナの困惑した表情を見れるし、一石二鳥よね。最高だわ」
「やーーー! やっぱりこの隊は苦労します本当! お父様にやっぱり抗議したくなりましたーーー! 助けてくださーーいっ」

 紺色のセミロングをした髪を、ローラは止める気配なく撫で続けた。
 そして直ぐ、エレナが自らの権限を行使したことで、渋々彼女は止める事になる。
 彼女たち二人は部下の男性二人と別れ、本来の調査をすべくビーチへと直行した。



                                      ◇



 竜空島「恋鯨ビーチ」内 西部

 恋鯨ビーチという名の広大な海水浴場は、大勢の観光客で賑わっていた。砂浜には海の家を中心とした出店が揃い、海は底が透き通っている程に綺麗である。
 そこに、観光客たちに紛れて二人の女性、エレナとローラが歩いていた。服装は水着ではなく、エレナが白のシャツにキュロットスカート、ローラが白のワンピースに麦藁帽子という、変わらぬ姿をして情報収集していた。
 エレナは目の前に一人の子供を連れた女性を見つけると、近づいて声を掛ける。

「こんにちは」
「あ、どうもこんにちは」
「今日は日差しが強いですね。こちらには観光で?」
「ええ。子供の夏休みに、良い機会だから綺麗な海を見せたくて」

 女性は、横に居る子供の頭を優しく撫でる。その子から嬉しそうな声が発せられた。
 エレナは少し微笑むと、さらに女性に訊ねた。

「少しお聞きしたい事があるのですけれど・・・。この群島で有名なものとか珍しい情報とかをご存知ですか?」
「あら。ご存じないの?」
「はい。恥ずかしながら、特に資料を見ずにただ浜辺が綺麗、という理由だけで来たんです」
「あらら。そうなの? 有名なもの、そうねぇ・・・―――」

 女性は子供と手を繋ぎながら、思案に暮れているような仕草を見せる。資料で見た項目を必死で思い出そうとしているのだろう。
 ちなみに、隣に居た筈のローラは近くの夫婦に声を掛けていた。
 エレナが彼女の後姿を一瞬捉えた後、女性がああそうそう、と声を上げる。

「そういえばこの群島である発掘物が有名なのよ。月光砂って言ってね。そのエネルギーで全国電力の四〇%を賄っているらしいのよ。この群島でしか取れない貴重な砂で、最初に発掘した企業は今では世界に名を連ねる大企業に成長してるの。URASIMAコーポレーションという会社で、乙姫島に本社があるわ」
「全国の四〇%、ですか? それは凄いです! その物質、世紀の大発見と思いますよ。是非色々話を聞いてみたいものですね」

 話を聞いたエレナはその意味を理解して、驚いた表情で月光砂の事を褒める。
 しかし話に続きがあるのか、女性が頭を振った。

「だけど、扱っている物品が貴重だから会社に無断で採る事は禁止してるだけじゃなく、社内も世界レベルのセキュリティになってて、幹部の人に会うには様々な検査を受けないといけないんですって」
「・・・そうなのですか。でも、貴重な物質を管理する会社ってどこもそうですよね」
「そもそも、砂で電気を起こすなんて信じられないと思うんだけどね」

 成る程、と何度も頷いたエレナは女性に礼を告げて別れる。
 その頃にはローラの方も話を終えてたらしく、彼女と合流して聞いたことを訊き出した。

「ローラ、そっちはどうでした?」
「―――ああ、話? この群島についてだけど、約三十年前に海底の変化で浮かび上がったらしいわ。その頃からとある一族がここに住んでいた。浦島って一族という噂があったみたいだけど、真偽は不明よ。まぁ、それだけだわ」

 そっちは、と続けてローラは訊ねる。
 エレナは先ほど聞いた月光砂について一通り話す。
 訊ねた本人はそれらを全て耳に入れた後、少し何かを考えたようだ。URASIMA、という単語を聞いてから考え始めたように、エレナには見えた。しばし考えた後、彼女はポツリと呟き始める。

「月光砂を発掘し、管理するURASIMAコーポレーション。・・・先ほどの浦島と何か関係がありそうな気がするわね・・・」
「この島だけに発掘される月光砂。浮かび上がった時に住んでいたとされる一族。・・・一応情報として記録したほうが良さそうですね」
「―――でも、上手くURASIMAコーポレーションを調べたら、幹部の人と運命的な出会いを果たして、玉の輿。さらに上手くいけば、その人の首の輪をかけて、全て私の所有物に出来るわよね」
「そっち!? どことなく、その願望歪んでますよ、何か! というか、ここに住む気満々ですか!」

 冗談よ、とクスクス微笑みながらローラは返す。
 エレナは苦笑いを浮かべて応対するしかなかった。そのまま、次の質問する人物を見つけ、声を掛けることにする。

「じゃあ、私はもう少し情報を集めます」
「・・・真面目ねぇ。まぁ、止めないけど。私も会社の幹部の情報・・・じゃなく、もう少し他を集めるわ」

 エレナはお願いします、と言い残して情報収集を再開し先ほど見つけた人物に近づいていった。
 その場に残されたローラは、彼女の後姿を見ながら、ふと呟いた。

「あれが一般人に生まれてたら、どうなっていたのかしらね・・・。軍人の家に生まれて、自らの意思で軍に入ってそれで満足だろうけど。夢が多くないって言うのは、いただけないわね。もう少し、人生を楽しんだ方が良いわよ、数多くね・・・。まぁ、言っても始まらないけど」

 思っていた事を誰にも聞こえないような小さな声を発した後、肩を竦めるローラ。彼女はそのまま首を動かして、さらに人を探す。
 ふと、とある60代の男性が居るのを見つけたので、声を掛けた。

「こんにちは、何されてるの?」
「ん・・・ああ、貝拾いじゃよ。わしは貝集めが趣味での。色んな形の貝を見るのが趣味なんじゃ」
「あら、素敵な趣味ね。さぞかし、何年も集めているのでしょう?」
「ほっほっほ。分かるか。左様、かれこれ十年以上集めていての、今まで千個以上は集まったのじゃ。そういう事に関してはベテランじゃ。暑さすら負けはせん。どうじゃ、色んな貝の事を知りたいかね?」

 何か余計なことが聞かされそうなので、ローラは自然にはぐらかして、本題を訊ねる。

「―――ところでおじいさん。この島で有名な情報ってあるのかしら? 他の人は浦島、という一族がこの島で最初に住んでいたという事なのだけれど」
「・・・ハァ。浦島太郎の話かね?」
「は、ウラシマタロウ? それが祖先の名前なのかしら」
「・・・なんじゃ。若いのにそんなことも知らんのか? 誰でも知っている童話じゃぞ」

 成る程、とローラは思った。
 ここでは誰でも知っている童話という事は、この星独自の話という事。異邦人である彼女たちは知らないのも当然なのである。故に、浦島太郎という種類は知らない情報に含まれるのだから、訊ける事は訊いておいた方がいい。
 そのように思ったローラはどんな話、と続けた。

「仕方ないのう・・・。『昔々、ある所に浦島太郎という男が亀をいじめている子供たちを見かけ、助けに入った。助けられた亀がお礼に太郎を竜宮城に案内して乙姫様直々にお会いになって欲しいと言って、彼は付いて行く。海の中に存在する竜宮城では乙姫を含めた、海の魚たちが太郎を出迎えた。城内で太郎を楽しませるために様々な催しがなされた。太郎自身も楽しくて長い間居たのだが、やがて故郷の家族が心配になり、帰ることになった。乙姫はお土産に玉手箱を手渡し、彼の帰りを見送った。故郷に帰った太郎だが、そこは数十年も経っており、家族は皆居なくなっていたのだった。悲しみに暮れた太郎はお土産で渡された玉手箱を開けると、おじいさんになってしまった』・・・それが、浦島太郎という名の物語なのじゃ」

 少しずつ語った男性は、話し終えて満足そうな表情を見せた。子供に絵本を読み聞かせた親の心境にそれは似ていた。
 ローラは話の面白さよりも、ストーリーの展開について疑問に持ったようだが。

「おじいさん。ちょっと訊きたいのだけど、どうして太郎の故郷は変わっていたのかしら?」
「それはのう、竜宮城では数時間しか居なかったのだが、地上ではそれが数年経ってしまっていたのじゃ。時の進み方が違うての。太郎と同世代の人間は皆老いてしまっていたのじゃ」
「ふ〜ん。何でかしらね。・・・あら、それでは私たちはある意味太郎かしら?」

 それ以上先の事をローラは口を噤んで黙った。
 彼女が思ったのは、自分たちが帰る頃には自分の妹も仲間たちも、太郎の家族のように年老いてしまっているのだろうか、と。勿論、お礼のために来ることになったわけではないが、まさにこの場所は竜宮城であって、自分たちは浦島太郎と同じ立場に立っているのではないか、と。
 これをエレナが考えたら、「非科学的で場所によって時が変わるなんてオカルト有り得ません」で一蹴するところだろう。確かに非科学的ではあるが、現実そういう話があるのなら、有り得るかもしれない。

「・・・。でも、悪くないわね。姉である私が妹より若いという、非現実的な事を考えるとゾクゾクするわ」
「ん、どうしたのじゃ? ブツブツ何かを呟いておるようじゃが」

 首を傾げる男性。
 ローラはなんでもない、と頭を振ってはぐらかした。
 それからは浦島太郎の話について、どうしてそうなったかを訊ね、答えを返すという応酬が繰り広げられた。お土産の玉手箱を開けるとおじいさんになってしまった理由やどうして水中にある竜宮城で息が出来るのか、ローラ達のような異邦人にとっては不思議な、内容の展開の事だった。
 しかし、それがお話だからと答える男性の答えに、冷静なローラだからこそ簡単に受け入れられた。深い理由など気にしない彼女であるから。
 これがエレナやミナカなど、頭が堅そうな真面目な人ならば合理的に理由を問いただしてずっと考えるに違いない。そうなると話が何時までも進まないので、彼女はより多くの情報を手に入れる事を重視した。
 そうして、ある程度情報を集めたローラはこう結論する。

「―――つまり、乙姫は浦島太郎を下僕にする為に、亀を遣わしてから彼を掌で踊らせていたという訳ね・・・。ええ、納得だわ」

「おぉ、良く分からんがお前さんの笑みが凄く恐ろしく感じる事は理解できるわい」
「・・・あらあら、私がそのように笑っているのかしら。私の微笑みは誰よりも魅力的よ?」

 さらにクスリ、と微笑むローラに、男性はオッホン、と咳払いをして話題を変える。

「とにかくじゃ。浦島太郎はここでは有名な話なのじゃよ。この群島も太郎ゆかりの地とも言われておる場所なのじゃ。お主も観光客ならば、それくらいの知識ぐらい持っておくものじゃよ。年寄りの老婆心として受け取るのじゃ」

 そう言って男性は近くに置いていた鞄から、一冊の絵本を取り出した。表紙にはチョンマゲをして釣り竿を持った男が描かれており、タイトルは「浦島太郎」と書かれている。
 彼はその絵本を、ローラに手渡した。
 思わず受け取ってしまったが、ローラは少しばかり動揺して口を開きかけた。

「あ・・・。おじいさん、私にこれを読んでもっと勉強しろ、と思ってこれを?」
「左様。知っておいて、損は無い」
「でも、貴方の持ち物なのだから。悪いわよ」
「構わん。息子は主都暮らしでワシは一人じゃ。今更読み聞かせる相手もおらん。お主に渡した方が、その本も存在目的を全うできそうじゃ。きっちり勉強するとええ」

 男性はもう行くがとにかく楽しむ事じゃ、と言い残して貝拾いを再開するためにその場を後にした。
 その場に残された彼女は暫く本を注視していたが、やがて小さく息を吐いた。

「―――フゥ。ま、ちょっとお得な気分よね、これ。少し予想外だったから感謝し忘れたわ」

 自虐的に笑って、彼女は男性が去った方向に顔を向ける。そして小さく有難う、と呟いて感謝した。
 そうして、改めて絵本を開き、パラパラと一目内容を拝読する。

「ふ〜ん・・・。これは、エレナ達に後で報告した方が良いわね。良い表情見れると良いけど―――」

 そうして音を立てて閉じると、左手に抱えて次の情報を収集する為に彼女は歩きだした。