ニラカナ!航海日誌 第一話「墜落」1
作: 蒼雷のユウ

日時: 2009/08/18 22:07


ニラカナ!航海日誌


 遥か遠い東(辰巳の方角)の海の彼方、または海の底、地の底にあるとされる異界。豊穣や生命の源であり、神界でもある。年初にはニライカナイから神がやってきて豊穣をもたらし、年末にまた帰るとされる。
 沖縄県豊見城市浦島群島、乙姫島、竜空島、玉手箱島の三島が一九七〇年代、海底の変化により姿を現した。今ではその群島から取れる物が主産業として有名になっている。
 月光砂。
 発掘された月光砂は、その秘められるエネルギーで全国電力の四〇%を賄っており、月光砂発掘企業「URASIMAコーポレーション」の本社が乙姫島に存在する。「URASIMAコーポレーション」は重要な立場に置き、大きな権力を持つ大企業である。だが、その権力にあやかろうとする者、その権力を横取るため陰謀をめぐらす者。裏でその機会を窺っていた・・・。
 その事情を抱えた群島を含めた、国、世界、星を大気圏外、宇宙空間から調査している者達が居た。これは、その星内での物語である。


☆ 第一話「墜落」☆


 墨を流し込んだかのような漆黒の空間。その所々に小さな輝きが点在している。星という名の島が漆黒の大海に浮かんでいる。酸素も無く、無重力であり、無の世界でありながら存在する。無から有となった世界。
 ――宇宙。
 人々はその果てしない世界をそう呼んだ。
 人類が宇宙に出る事は至難の業だ。それこそ、居住性はおろか、人が生活できるだけの装甲の強度が必要であり、地上での普通の航行では隣の惑星まで何年もかかってしまう。
 その為、とある惑星の出身の研究者は宇宙航行システムを開発し、実用化させた。
 ――ワームホールワープ航法。通称WHWN。
 その方法と共に開発された宇宙航行用の宇宙船の技術で人類の宇宙進出は飛躍的に拡大した。
 それから数百年後。今、その惑星が発足させてから技術的、軍事的に向上した連邦軍からの要請で、とある星系で技術発展途上惑星を調査している一つの小型の宇宙船があった。
 その軍で正式には小型輸送艇として分類される。外見はスペースシャトル機をもっと大型にし、翼を少しだけ広げて飛行能力を高めたものである。主に、大気圏突入離脱、多人数を惑星内へと運ぶ為に使われる。通称「シャトル」。全てが金属のような装甲で覆われており、侵入口はどこにもない。無論出入り口はある。強固に閉じられているだけだ。
 シャトルは、この星系におけるとある一つの技術的に発展途上と認定された惑星の近くで静止し、まるで人工衛星のように留まっている。
 シャトルの前方、恐らくそこが艦橋であろう場所にはとある特殊な窓ガラスを介して設置してある。大抵の衝撃では割れない程の強化ガラスだ。その窓を通り過ぎれば、船の頭脳ともいうべき艦橋「ブリッジ」がある。
 そのブリッジに複数人の知的生命体、姿形はヒューマンが存在していた。

                    ◇

 「――重力は〇.九五G,恒星距離は〇.八天文単位。平均密度は五・三六g/立方cm。地軸の傾きは六五.七°を保っています。場所によっては季節変化での寒暖の差が緩やかです。大陸・海洋ともに存在し、ヒューマノイドタイプの生命体の存在も確認されています。知的生命体の総人口はおよそ六十億人程度。時代によっては感染症などが蔓延していたようですが、今のところ凶悪なウィルスは確認されていません。連邦軍区分では技術発展途上惑星に分類されており、確認されている文明レベルは我々の星における二十一世紀程度です。もう一世紀後には、この惑星の人間が宇宙に進出する時が来ると思われます。言語に関しては、我々の翻訳機に登録されている情報で十分に自動翻訳可能で、一般的な会話に支障はありません」

 並べられた大型端末の前に座る白い軍服を着た、一人の若い女性がコンソールを操作しながら事務的に報告する。
 勿論このブリッジに居るのは彼女一人だけではない。彼女と同じ軍服を着た男女の兵士達が各々で作業を進めている。
 軍服と言っても、戦闘用の制服ではなく、事務用の軍服で清楚な感じを醸し出している。上は男女とも共通で、下は男性がズボン、女性がタイツスカート若しくはキュロットスカートが指定されている。ちなみにストッキングの有無は自由。
 前面窓に向かうように腰をかけているのは、男性操縦士と男性砲撃士の二人だが、現在は周囲の恒星を肉眼や拡大カメラを操作して確認している。
 操縦士の左隣に座るのが先ほどの若い女性、オペレーターを務めて、現在対象惑星を調査中。
 砲撃士の右隣に座っているのは、現在地を確認し、近辺に不審な存在の有無や惑星の軌道を調べている事務担当でタイツスカートを穿いた女性ナビゲーターである。
 そして彼らの後方に座る、ブリッジの出入り口の扉に一番近い船長席には 一人の若い男性の姿があった。
 銀色を少し茶に染まったストレート髪を、後ろの首筋まで伸ばしている。中々の二枚目な人物で華奢な体つきをしている。現在二十代の青年だ。そして、船長席に座っているという事は、彼がこのシャトルの船長という権力者たる証だ。
 無論事実である。彼は軍での階級は「中尉」であり、この機体に搭乗する乗組員全員の階級より上であり、ここでは最高の階級を持つ乗組員である。その実力も確かで、稀に見る最高の戦略家であると謳われる程の頭脳を持ち、今まで生き残っている。そして、数多くの障害を乗り越えてきた。
 名前はファルクス。連邦軍第六中隊直属第四小隊所属の中尉。
 そして、この乗組員達も連邦軍第六中隊直属第四小隊の隊員達である。
 優秀な戦略家が船長としてあるこの第四小隊はさぞかし、優秀な部隊であろうと思われがちだが。

「・・・アハハ。いやぁ、やっぱり准尉はいいねぇ。律儀に事務的に報告しながら、端末の画面と格闘しつつ、コンソールを打つ指を含めた凛々しい顔は可愛い。マジ可愛い。というか、船長から見て横向きに座る光景は実に良い。何故かというと、准尉が横向きに座ることで・・・こう、軍服越しに膨らんでいる胸が強調されていて、実にエロい。この光景こそがサービスシーンだぜおい」

 その船長であるファルクスは、オペレーターである若い女性を緩んだ笑顔で見つめながら、全く軍人らしからぬ言動をしていた。
 そう、彼ファルクスの性格は厳格なものではない。むしろ軽い。明らかに軍人の資格が無い程、軟派な思考の持ち主なのだ。
 女性に目が無く、仕事に不真面目で、助平な思考を巡らせている。プライベートではエロ本を所持していたり、合コンをしたりと、軍人には向かない今時の青年であるのだ。
 だが、そんな青年でもチェスなど戦略ゲームでは負けなし、軍事教程と幹部教程を修了済み、指揮官としての素質も十分すぎる程に高い。メンタル面での劣りをこの成績と素質、そして経験だけで補い、連邦軍は彼を軍人として認めざるを得ないのだ。普通なら、即刻除隊するべき人間なのである。その代わりに、同世代の仲間より昇格のスピードが遅いという結果が出ているのだが、ファルクス本人はあまり気にしていないようであった。
 そして彼の独り言は決して小さくはなく、素晴らしいまでに乗組員全員の耳に聞こえていた。まるでワザと声を大きくして、自分はいかにも仕事をサボって女性を観察しています、と言いたげに。
 乗組員全員が嘆息しながら仕事を続ける中、ファルクスが先ほど観察していた対象の若い女性、准尉なる人物が白い眼で返した。
 若い女性、いや少女と言った方が良いのか、見た目は十代後半だ。と言っても、もう直ぐ二十代になる年齢の女性だ。紺色のストレートヘアでカチューシャ付きセミロング、白色を基調とした軍服と、事務担当の女性兵士はタイツスカートだが、彼女だけは違い黒いキュロットスカートを穿いている。つまりは戦闘要員として配属されている身であるのだが、事務的な事もこなせる有能ぶり、さらにはスタイルの良い美少女と来たものだ。
 彼女がファルクス直属の下士官である。階級は准尉。名前はエレナ。
 それだけの容姿を持つ彼女を、ファルクスは狙っていて何度も口説いた事はあるが、サラっと受け流されており、未だ手を出していない。というのも、彼女は元から戦闘要員、それだけの戦闘力はあり、テコンドーの使い手でもある。何より仕事の時は銃を携帯している辺り、敵の排除と自衛も怠っていないのである。
 何故そんな有能な彼女がファルクスの下士官になったのかは、また別の話になるのだが。
 エレナ准尉は、そんな直属の上司であるファルクス中尉なる男に溜め息混じりに呆れた様子で半眼のまま注意する。

「船長。調査した資料は全てそちらのモニターに転送してありますので、目を通しておいて下さい、と申し上げた筈ですが、貴方は一体どちらに目を向けているので?」

 一応あれでも上司なので、最低限の礼儀は弁えているエレナ。敬語を使いながら訊ねる。
 ファルクスはまるでその質問が予想外とばかりに目を見開いて、清々しく答える。

「え? どこってそりゃ、エレナちゃんの姿と共に、俺の目から見た推定Cカップの胸だけど・・・何か?」
「―――。・・・もう良いです。仕事する気がないのでしたら、部屋でお休みになられても結構ですから、大きい独り言で皆のやる気を削ぐのだけは止めてください。念のため、調査資料は部屋にもお送りしますから。必ず目を通しておいて下さい」

 男性に自分の膨らんだ胸を直視されているという事を気にする様子も見せず、エレナは再びコンソールを表示させて、素早く操作し始める。
 彼女は同性や異性との交流が軍事の影響で少ないせいか、今時の女の子らしい反応は中々見せない。先ほどだって普通だったら恥ずかしがって胸を両手などで隠して「ど、どこを見ているんですか!」と、いう反応が返ってくるのだが、エレナはそれすら無かったわけである。
 さらに言えば、プライベートも買い物やファッションなど全く興味が無いクチであり、普段は宿舎で過ごしたり、ストレッチや運動、訓練などに精を出すほどなのだ。
 無論買い物を全くしないというわけでもない。だが、その目的は食材や武器や機材の購入など、その殆どが生活や軍事の為であり、自分の為の買い物は全くしないのだ。
 つまり、彼女は生粋の女性軍人として育てられたのである。というのも、彼女の父親は同じ軍人である。軍人の家で生まれた彼女は、様々な軍の知識を吸収し、身体を鍛え、若いながらも正規に軍属となった。それ以外の生活には全く興味が無いようである。
 軍人同士の交流はあれど、一般人との交流は少ない。コミュニケーション能力もあり事務的なこともこなせる。上層部からの評価が高い有能な軍人だ。
 しかしそれまでだ。彼女の辞書に遊びという文字がない。感受性も大きくない。
 それだけが、彼女の反応を見たファルクスの、唯一の悩みの種だった。と言っても、普通に彼女の将来の為とは考えておらず、彼自身が楽しみたいが為の悩みだが。

「そんなことをしたら、皆の様子が見れないじゃないか。第一、もう調査資料を見るなんてことすらどうでもいい。今は、俺の女の子達を見守る事が、俺の仕事だ」

 恥も躊躇いもあったものじゃない。自信満々に告げるファルクスはある意味において評価すべき態度を見せた。
 無論、その場に居る者が彼を評価することなど皆無だったが。
 誰もが無言で作業を進めていた時、その状況の原因を作った本人が、「なぁ」と声をかけた。

「シャトルは今現在、どの地方の上空に居るんだ?」

 ファルクスの質問の直後、乗組員全員が驚きの表情を見せた。船長にしては珍しい少し真面目な質問に虚を突かれたからだ。その質問に答えたのは、エレナの反対側のナビゲーター席に座る、女性兵士だ。
 銀髪を背まで伸ばしたロングの女性で、クールな性格で整った顔立ちのファルクスより一歳年上、第四小隊では副ナビゲーターの役に就いている。
 名はローラ。

「―― はっ。本船は現在、この惑星における三つの大海の一つ、またその大海に浮かぶ孤島の南に位置する小さな島の上空に静止状態です。赤道付近なので、夏場では早く温度が上がる地域の模様。特に、数多くヒューマノイドタイプの行き来が多い事から、観光名所らしい場所と思われます」

 この惑星の時期は現在夏。月日に直すと七月から八月の間である。夏場における観光名所。それはつまり、海水浴では絶好の場所ということだ。
 ローラ曰く、特にこの島の海は非常に綺麗で、汚れが少ない事が観測されている。それを目当てに、外からの観光客の来訪が多いようである。
 入手したこの惑星のネットワークからの情報によると、その島は「沖縄」と呼ばれ、亜熱帯に属している。本島は北部に山地があり、低島型。海岸にはサンゴ礁が発達し、紺青の海と砂浜が特徴。年間降水量は約二三〇〇mmと多い。面積は二千二百七十四.五九平方cm。人口約百三十六万人である。本島中部にある都市は「国際文化観光都市」として知られ、有名な島だ。
 確かに海水浴においてまさに絶好の場所である。海中が綺麗なのでスキューバダイビングも楽しめるし、日差しも強いので日焼けしたい事ももってこいだ。
 報告を聞いたファルクスは嬉しそうな声音で。

「分かった。報告サンキュー」と、返事して自らの席でコンソールを表示させて手早く操作し始めた。
 彼の様子は何かを期待するような面持ちで、ワクワクしながら何かの操作をしている。
 乗組員全員は彼の様子が今に始まった事ではないと知っているので、とりあえず自らの仕事に集中するために、無視し始めて作業を続行する。
 しばらくして、ファルクスの面前に何か小型スクリーンが表示されたかと思うと、唐突に「うっひょー」なる彼の声が上がった。
 その声が気になって、男性砲撃士の人が振り返って口を開いた。

「どうしたんだ、船長?」

 随分フランクな言葉遣いだが、気持ち的には上司として見ている。年変わらぬ彼から「別に敬語使わなくても良いぞ。友好的友好的〜」と、第四小隊の全員に告げているため、一部の男性兵士は殆どフランクな言葉遣いを使っている。
 しかし、真面目な人物や女性兵士はそれを良しとせず、敬語を使い続けている。
 彼に訊ねられたファルクスは、顔を上げて返事する。

「ん・・・?あぁ。シャトルの下部にある高画質カメラを使って、その島のある地点を拡大して、その映像を表示させてるんだ。お前らも見るか?」

 そうして、訊ねた男性砲撃士が頼んでもいないのに、直ぐにファルクスは前方メインスクリーンに見ていた映像を表示させる。
 確かに映像はこのシャトルから見た沖縄という島の拡大映像のようだ。そしてその場所は砂浜。その上に大勢のヒューマンが居る。男女とも。しかも、このカメラはかなりの高画質で、一人の人間の大きさまで拡大する事も出来、映像が劣化しないほどの性能を持っている。
 故に、ファルクスが映像越しに見ていたのは、一人の女性。それも、水着姿の。

「いやぁ、こういう時だよな。俺、この技術が発達した時代に生まれて良かった〜、って実感する時。遥か上空から鷹の目の如く、その谷間を狙い定める・・・。谷といっても堅くない方だけど。すげぇぜ」

 彼の目線は常に、その谷間に釘付けだ。
 女性の水着は白のビキニでそれを着こなしている。真上からの映像のため、頭を中心とした姿しか確認できないが、水着は確認できる。それで覆い被せている谷間なる存在も、上から目線で確認できるようだ。
 あまりに刺激的な映像で、流石に一番メインスクリーンに近い男性砲撃士と隣に居る男性操縦士が茫然としてしまう。目を逸らす事が自力で出来ないようで、仕事をしていた指も完全に止まってしまっていた。
 後方にいるファルクスも、「フフフ〜ン♪」と鼻歌をしながら、映像を消す気は無い。
 だが、そこに唯一自我を保っている者達が存在するのは当たり前だ。

「「コホン・・・!」」

 両端からの棒読みな咳払いの後、左に座るエレナがコンソールに指を奔らせ、電子音を鳴り響かせる。
 直後、メインスクリーンに映し出されていた映像がブツリ、と暗転した。

「ア―――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!?」

 ファルクスが仰け反りながら、奇声を上げた。
 先ほどエレナが、ファルクスの端末にハッキングを仕掛け映像を強制的に停止したと同時に、何故か息の合ったプレーでローラが、カメラに捉えられる対象の条件に水着が該当された場合映し出さないようにしたので、ファルクスが再度映そうとするが、無意味な結果に終わる。
 それも、その影響は個人用のスクリーンにまで及んだようだ。

「ちょっ! 二人とも酷いじゃないかい!? 青年達の青春を邪魔するなんてさ!」

 ファルクスが喚き騒ぐ声が船内中に響く。その声でハッと我に返った一番前の男性二人は慌てて仕事を再開し始める。
 そんな上官に、女性二人はこう返す。

「申し訳ありません、船長。唐突についうっかり手が滑ってしまいまして♪ 滑り台のように何故か止まらず船長の端末に侵入してしまったので、ついでに仕事を邪魔する原因を排除してしまったのです。私って、部下に優しいですね?」と、エレナ。
「ふふふ。盗撮は犯罪なので、皆さんが真似をしたらどこかの変態エロパワー丸出し河童船長みたいになって沢山存在してしまうので、そうなると世は破滅に陥って次第ブラックホールになる可能性がありました。故に、迎撃行動をした次第です。ふふ、その様な事を一瞬で対応できる私は大人だわ・・・」と、ローラ。
「あぁ! 天然で確信犯だぜ我が副官よぉ!? 姐さん、相変わらず毒は効くぜぇ!」

 ファルクスはさらに仰け反って頭を抱え、女性達も他の仲間と共に引き続き仕事に取り掛かり始めた。
 ちなみに彼が発言した「姐さん」というのは、ローラの事だ。彼の一つ年上で性格もクールビューティのお姉さんなので、彼自身そう呼んでいる。ニックネームみたいなものだ。
 彼女らを見つめる彼は必死に持ち前の頭脳を使って、今の雰囲気の打開策を講じ始める。
(―― やべぇ。なんか、女性達の好感度が激減したみたいだ。ここはどうにかして挽回したいところ。しかし、彼女らは俺の話しを無視する方向を決め込んでいる。どうする、どうするよ、俺!―――そうだ、ここは俺なりに彼女達の気に引きそうなモノを探して見せれば良いんだ。例えば――)
 そうして自らの端末を扱い始め、下部カメラを再び使い、とあるものを探す。
 そうして、それは直ぐ近くに見つかった。丁度良い具合に《浮かび上がって》いる。
(こういうのとか、な!)
 その映像をファルクスは、再びメインスクリーンに表示させて、部下達の仕事を遮った。

「見ろ。この鯨、中々に綺麗だろう! 思わず見惚れるくらいだろう!」

 映像に映し出されたのは、海の上に浮かぶ真っ白で大きな身体が特徴の魚だが、種類は哺乳類である、鯨だ。真っ白な身体は汚れなど全くない清潔さに溢れ、まさに純白の鯨と銘打っても不思議ではない美しさだ。
 流石に、エレナとローラを含めた乗組員達も、仕事の事を一瞬忘れて直ぐに映像を消さない程に見入る。

「これは――確かに、生きている動物、という感じがしますね」
「こんな色の動物がいようとはな」
「神秘的だ。凄い調べる価値がありそうだ」
「そうね。これは案外私ですら恋してしまいそうだわ」

 皆、この鯨の姿に大いに喜んでいる様子だ。驚きと興味の半々の感情を抱いている様子だろう。ファルクスはそれを確認した後、ニヤリと笑って。

「そう思うだろ? だからさ、俺の考えを言わせてもらうと、今―――」

 彼がいつも通りの口調で、今考える自らの意見を告げようとした時。

――突如として船内が激しく揺れた。

 突然の不意打ちに、乗組員全員が驚愕の声を漏らした。シートから転げ落ちないように、しっかり掴まって振動に耐えた。
 やがて激しい揺れは収まるが、未だに船内で微動が続く。
 
「―――っ。何があった! 報告!」と、ファルクスが先ほどの雰囲気とは一変、真剣な声音で高く張り上げる。
 その声に従い、乗組員達が一斉にコンソールの上に指を一瞬で奔らせ、収集した情報を逐一報告する。

「分かりません。惑星の引力に引かれた訳ではなく、また攻撃を受けた訳でもないようです。ただ・・・船の高度が、徐々に降下していきます。原因不明!」
「本船周囲に隕石や人工物など障害物一切なし。接触して高度が下がった確率はゼロパーセント」
「船体ステータス正常。装甲に一切亀裂なし。異常は一切見当たりません!」
「船長! 本船の上部スラスターがこちらの操作なしに稼働しています。命令がリヒューズされました。また、調査した結果、操縦がオートパイロットに変更されています! マニュアル操舵に切り替え、出来ません!」

 エレナの報告に、乗組員達のざわめきが発生する。
 このシャトルに限らず、全ての宇宙船にはオートパイロット【自動操縦】が備わっている。乗組員一人での航行や、長期間の航行などはブリッジ要員が一人でも多く休めるようにする為に搭載されている。コンピュータが指定した航路に従って進み、前方に障害物など異常現象が感知された場合、干渉されない範囲まで離脱する回避機能もある。それ故に小回りの移動は出来ないが、そんな行動をするときは戦闘に直面した時のみであり、その時はブリッジ要員が出動してマニュアル操舵にしている。
 あくまで航海用に使用されている機能だ。勿論、乗組員の指示が無い限り、自然とオートパイロットに切り替わる事は事故防止の為に全く無い。
 だが、今回はそれが現実に起こっている。乗組員の指示なしに操舵が勝手に手動から自動へ切り替わり、船のスラスターが勝手に起動しシャトルが移動している。
 ファルクスは考えうる原因を口に出す。

「シャトルのコンピュータにハッキングされた形跡はないか?」

 エレナが即座に端末を操作し、僅か数秒で結果を報告する。

「シャトルのコンピュータにハッキングされた形跡、ありません。システムオールグリーンで稼働しています」
「――原因不明のオートパイロット切り替えか・・・。母艦に通信を繋げ」
「・・・駄目です。通信機器、応答なし! 通信系統は全て使用不可になっています」

 そこだけは異常か、とファルクスは呟いてシートに深く腰をかけた。
 通信系統がダウンしているなら、長距離への連絡、救難信号の発信も不可能ということだ。仲間に連絡、または救助を要請する事は出来ないのだ。
 これではもしかすると長期間救助なしでこのままここで過ごす事になるかもしれないし、もし万が一不用意に他の宇宙船が来たら、同じ現象を危惧してしまう。いつか無事に帰還したら、職務怠慢した整備士に糾弾するべきだろう、とファルクスは思考した。
 そうなれば、その前にやることがある。彼は舌打ちしながら、船長席にある船内放送用の電源を入れた。

「―― 全乗員に船長から緊急連絡。全乗員に船長から緊急連絡。既に何が起こったか気付いている者も居るかと思うが、本船はこれより、調査対象惑星に《不時着》する。現在の作業を即刻中断し、近くのシートにて衝撃に備えろ。間も無く大気圏に突入する。繰り返す、怪我したくなかったら即刻作業を中断し、近くのシートにて衝撃に備えろ」

 船内にはブリッジ要員の他にまだ数人の搭乗員がいる。主に調査惑星の地殻や成分などを研究する二名の研究員と白兵戦に秀でた者が一名、機関整備担当者が二名程度居る。ファルクスは彼らにも指示を出す為に船内放送で呼び掛けた。
 ファルクスの声で、ブリッジ要員全員は驚きの声を上げる。
 彼は今何と言った。不時着する、と。それが間も無く起こるとでもいうのか。しかし、その事実は覆せない。現にシャトルは上部スラスターを稼働させて、降下し続けている。次第に、惑星の引力に引かれ始めて大気圏に突入するだろう。確かにそれは不時着と言える。しかし、何故彼はそんな事を躊躇い無く言えるのか。この異常の結果を予期していたのだろうか。
 ファルクスはそんな乗組員の思惑に気付く様子もなく、間髪入れずに指示を出す。

「ナビゲーターは本船の降下予測軌道と着地予想ポイントを算出しろ。砲撃士は近くに障害物があれば瞬時にシールドを発動。操縦士は非常用の大気圏突入システムを起動して、出来る限り船体のバランスを維持できるようスラスターを微調整。オペレーターは本船に搭載するステルス機能を起動後、マニュアル操舵の切り替えに尽力!」
「船長、それは――」
「説明している暇ない。緊急事態だ、急げ!」
「「「「――了解!」」」」

 各々指示通りに行動をし始める。
 ローラは予想進路を計算しはじめ、砲撃士の男性は周囲を注意深く見つめながらレーダーに反応が無いかを意識を集中させ、操縦士の男性は二つの操縦幹を強く握りしめて、微調整を行う。
 そして、エレナの操作でシャトルの外壁に光学迷彩を展開させて周囲から視認できないようにして、オートパイロット切り替えの原因を探る。
 彼らの仕事の取り掛かりは早かった。それはひとえにファルクスの指示があってこその迷い無い行動。普段は不真面目な上司であるが、彼が初任務の時に起こった事件や関わった危機的状況を知る人物は、その時に発する彼の言葉には何故か信用できるという。論理的に正しい故か、危機的状況で真剣になり自信満々に発言する故か。それとも、普段不真面目なため本当に真剣になった彼の態度はそうさせる魔力がある故か。
 彼に全幅の信頼を置き、行動していった人物は、その全ての危機的状況を打破してきた。だからこそ今生きている。
 彼の持つ戦略性は優秀だ。だからこそ、先ほどの男性兵士のフランクな言葉遣いでも心の中では上司と認めるのも、信頼している証だ。
 だからといって、多くの軍人が人間性まで認めているわけではないが。
 もう間もなく、シャトルが大気圏突入シークエンスに入ろうとする時、原因調査をしているエレナが指を動かしながら、ファルクスに向かって声を上げる。

「船長。ステルス機能ですが、大気圏突入時に一旦解除する必要があります。ですが、その前に起動を要請した。それは何か理由があるのですか?」
「ああ、ある。技術発展途上惑星とはいえ、仮にも二十一世紀程度の文明を持っている。人工衛星も多数浮遊しているみたいだし、ステルス機能なしで近づくと、姿が捉えられるからな。突入時は仕方が無いとして、その後は再びステルス機能を使うんだ。いくつかの大国は空軍を持っている。着地する地点を把握されたら、スクランブルで飛んでくる可能性が高い。それはなんとしても避けるべきだからな。一番近い沖縄って場所にも戦闘機を駐留させてる基地があるしな」

 その答えに、エレナは一瞬指を止め、予想外とばかりに驚いた表情でファルクスに顔を向ける。

「――まさか、本当に既に資料をご覧になったようですね、船長。調査対象惑星の各国の政治や軍事力、情勢、民間からの支持など諸々の情報は資料にまとめましたから、把握しないとそのような考えは浮かばないでしょう」
「言ったろ? その資料は既に興味ないってさ。俺は女性達の(主に体など)仕事ぶりを見守るのが仕事だと」

 そうだった、とエレナは思った。
 性格は不真面目でも、戦略だけ良くても事務的な事がこなせなければ、軍人は務まらない。
 性格ゆえに勘違いされがちだが、彼自身自分の雑務はきちんとこなしているのだ。サボった事は決して多くない。サボった雑務に関しては合コンがあるなどの理由だったので、エレナが代わりにこなしていたが、仕事真面目にないにしろ、雑務はきちんと済ませるのだ、彼は。見るべきところは見ている。
 戦略は事前の情報が基なのだ。それで勝負は決まる。資料を拝見するという、戦略家にとっては最もやらなければならない事をきちんとこなす辺り、彼は自らの長所を維持する意思が見受けられる。
 資料を見ずに戦略を語る者はただの無謀者でしかない。ファルクスは、その人種ではないのだ。だからこそ、多少自らの直属の上司に尊敬すべき点はある。それでも全てを認めるわけではないが、エレナは副官という役職を途中退場せずに続けられるのだ。
 出来るなら、自らの力で上司の性格すらも更生させれば、連邦軍にとっては非常にグッドな存在になりうる、という野望を抱いているのも続けられる理由の一つだ。
 エレナはクスリ、とファルクスには見えない角度で微笑んで作業を続行した。
 そうして大気圏突入シークエンスまで後一分という所で、ローラが予想降下ポイントの計算を終えて報告し始める。

「予想降下コース、並びに予想着地ポイント、算出終了。コース254マーク119。予測ポイントはβ127−26rです。場所特定・・・沖縄本島において南西方面付近。現地名『沖縄県富見城市浦島群島』。そこで三つの島が確認されます。その内の一つ、竜空島と玉手箱島という二島の間に北から入る形で最終的に降下していくと思われます。また、接触地点は海上になるようです」

 報告と共に、メインスクリーンには予測地点のマップとラウンドスコープが表示され、マップ上にシャトルが墜落するコースが示される。確かに、コースは海上で途絶えるので、海上に着水すれば、墜落の衝撃を緩和でき船体の被害も抑えられる。
 冷静に告げるローラの報告を聞いて、ファルクスはとりあえず安堵することになる。

「とりあえず、街中に墜ちる事はなさそうだ。街中に墜ちたら軍のルール違反どころか、大惨事を引き起こすからな。だが、やはり住民に見られる可能性が高い。着水するまではステルス機能を維持する方針で固めるか」

 軍のルールとは、技術発展途上惑星を調査する際、全ての調査員に重要な秘匿義務が発生する。
 それは己が技術を決して、現地の人間の目に触れさせず、また知らされない事だ。それは、現地の技術を凌駕した自らの技術が、現地の文化や歴史に影響しないようにとの配慮の為である。これは特一級厳令であり、最も厳しい戒律である。もし破られた場合、生命が危機に瀕した時のやむを得ない場合を除いて、問答無用で軍法会議にかけられ、最悪銃殺刑に処せられる場合もある。
 もし見られた場合は、生かして帰すな、が暗黙の了解として知られる。
 さすがに今現在の状況は命の危機に瀕するため、技術先進した星の出身だと悟られるまでなら黙認されるが、街中に墜ちたら隠すどころの騒ぎではない。
 故にこの場合は是が非でも、人目を避けられる場所に墜ちるよう努力しなければならないのだ。

「だが、その地点での墜落・・・か。となると―――」

 同時に、ファルクスは自らの考えに集中する。それは、何か嫌な予感が当たって、そしてそれを疑り深そうに思考する探偵の雰囲気だ。まるで関連性があるかないかの考えが―――。

「大気圏突入シークエンスまで、残り二十秒をきりました!」

 男性操縦士の声でファルクスは我に返り、即座にその思考を止めた。今は考える時ではない、まずは無事着陸する事を考えなければ、と彼は口を開く。

「エレナ准尉。マニュアル操舵に切り替えられそうか?」
「無理です。できるとしても、あと何分か要しそうです」
「既に惑星の引力に引かれてるか・・・。仕方ねぇ。准尉は操舵の補助に回ってくれ。操縦士は現状維持。残りは強力なG(重力)に備えろ」

 エレナを含めたブリッジ要員全員が了解、と復誦して行動に移す。
 大気圏突入まで残り十秒。
 シャトルが、軌道を調整する為に大きな衝撃と共に急加速した。
 その強いGのために、乗組員は身体をシートに押し付けられ、腕を上げることすら難しい。しかし、エレナや操縦士を務める人間はこういう状況に慣れているようで、多少ギクシャクしながらも、正確に操舵している。
 メインスクリーンに映る惑星が刻一刻と近づいて来る。その時、ブリッジの窓にシャッターが下がり始めた。各シートのハーネスも身体を固定する。

「大気圏突入まで、残り五秒。四、三、二、・・・ステルス機能解除! 同時に大気圏突入シークエンスに入ります」

 ごぅという衝撃が、シャトル全体に走る。惑星の大気圏に突入したのである。
 エアコンディショニングが働いているため、大気圏突入では大気との摩擦熱で宇宙船の外壁は高度の熱を帯びて温度が急激に上昇するが、船内の温度や外壁の熱は逃がして調整されている。放熱が働かなかった場合、限界温度を突破して船体は燃え尽きてしまう。それを防ぐためだ。
 スクリーン越しに赤く染まっているが、漆黒の空間が見える。それが徐々に薄くなっていく。
 シャトルは徐々に、惑星内に突入しようとしていた。


next ニラカナ!航海日誌 第一話「墜落」2