ニラカナ!航海日誌 第二話「上陸」3
名前: 蒼雷のユウ

日時: 2009/09/07 12:56



一方その頃の数十メートル離れた恋鯨ビーチ内にて、茶銀髪の青年、ファルクスが残念そうな表情を浮かべて闊歩していた。

「や〜れやれ。・・・あの娘、結構可愛かったのになぁ。落とせなくて残念だったが・・・。しかし、あの去り方は不自然だったなぁ。一体何を思ったのかな。ビーチからわざわざ出るなんて―――」
「ファルクス中尉殿。こちらか」

 その後ろから、黒髪でモミアゲを異様に伸ばした和風の男、ミナカが駆け寄ってきた。その様子は主の身を案じた従者のようで、急いでいたようだ。

「どうしたんだよ、ミナカ。危機感を募らせたような声音だったが。なんかあった?」と、ファルクスは面白そうな状況にワクワクしている様な声音で訊ねた。
「先刻、異常な妖気を感じ取った。距離はあるようだが・・・、中尉殿がいずこだったのか、と」
「妖気? なんか、魔物の存在を感じ取ったみたいだな。そういや、お前ってそういう存在を感じ取る事は得意だったな・・・」
「しかし、この浜辺に出てくる気配はない。恐らく、奥に行かなければ遭遇する事は無いだろうと考える」
「そっか・・・。もしかしてあの娘があんなに急いで行った理由って―――ん、あれは?」

 ファルクスは視線を移すと、海の家などの出店が並んでいる光景が目に入る。その中で、一番端に寂びれた屋台がある。看板には古く、「焼きそば屋」と銘打ってある。店員は一人で、中年で細身の男性だけで切り盛りしていた。
 だが、客が寄り付く様子は無く、全て隣の海の家に流れており、まるで人気のない店である事が分かる。
 そこで彼は、当初の目的である「生活費とやる事の確保」を行動として移す事を決断した。

「・・・行くぞ、ミナカ。あれを狙う」

 ファルクスが先に歩きだし、ミナカも続けてはっ、と返事をして追随する。
 二人が店の前に立つと、店員の男性が愛想のいい表情を浮かべて出迎えた。

「いらっしゃい。焼きそば一つ如何かな?」
「いや。それは嬉しいんだが、聞きたい事があってな。ここの焼きそばは美味いのかい?」
「当然だよ。わしが丹精込めて作っているのだからな」
「それにしちゃ、客の皆は隣に流れていっているようだが・・・」

 それを聞いた店員の男は渋面を浮かべてああ、と力なく頷いた。

「確かにそうだな。わしは何十年も前から焼きそば専門店として過ごし、お客にも贔屓してもらっていたが、一年前から隣に新しいお店が出来てから、収益は激減してな。向こうは他に様々な料理とテーブルがあるからな。流れてしまうのは仕方が無い。わしの方も焼きそば以外やテーブル設置などはしたいところだが、一人だと少しな」

 その言葉を聞いて、ファルクスは僅かに口元を緩めた。
 働くと言っても一文無しであるし、異邦人である彼らはここでの履歴がない。ああいう人気店に働くとなると、色々訊かれてしまうので面倒になってしまうのだ。だが、こういう人気が無い店はまず店の人気と収益を重視する傾向にある。それも一人での切り盛りは大変であるなら、好都合。従業員を無条件で雇う事も向こうは重視するだろう、と。
 そう思ったから、ファルクスは働く場所として、ここに狙いを定めたのである。

「だったらさ、俺達を雇ってくれないか? 俺達、働き口を探してるんだ。切り盛りやテーブルの設置などの手伝いなら、何でも出来るぞ」

 ここで働きたい、と言いだした人物は初めてだったのだろう。男はファルクスの表情を見て、目を見開いたが次第に眉を潜めた。

「それは有難い話だが。・・・もう直ぐこの店は店仕舞いにするんだ。ここ最近は全く収益がなくてな。これ以上続けて客が来なかったら、赤字まっしぐらだ。わしにも生活がある、生き残る為にはそうする他が無い」

 ファルクスも眉を潜める。
 確かにそうなると、例え働く事ができるとしても、直ぐに店を閉められたら解雇も当然だ。だが、それで諦めていい要因ではない筈である。彼はさらに意見する。

「・・・おっさん。ちょっと焼きそばを味見していいかな?」
「ああ、構わんよ」

 箸を手に取り、少しだけ麺を口に運んで味見する。咀嚼して、味を確認するように目を瞑る。
 だが、一旦咀嚼を止めたと思うと、再び咀嚼して飲み込んだ。ミナカはその一瞬だけ、ファルクスの表情が歪んだ事に気づいていた。

「・・・ん〜。おっさん、確かに美味いがな、こりゃ普通だ。お隣さんの焼きそばも同じようなモノだろ。これじゃ、一か所に種類が多く固まっている店に客から人気があるのも分からなくないぞ?」
「な、まさか・・・!」
「おっさん。一度俺達に賭けてみないか? 俺に考えがある。恐らく種類を豊富にしただけでは、競い合いになって勝てる見込みは薄い。なら、勝つためには一つを特化させる方が良い。店は今まで通り焼きそば専門店で通そう。だがちょっと時間かかるけど、任せてもらいたい。店の全てをね・・・」

 ニヤリ、と笑ってファルクスは拳を胸に叩いた。
 男は彼の考えを検討するかのように思考したようだが、それが最善だと判断し、了承する。

「分かった。任せよう。しかし、損失は出してはならんぞ? 店の方針を全て任せるのだからな」
「ああ。必ず、店には客いっぱい焼きそばいっぱい、財布にはお金いっぱいにしてやるよ。まぁ、まずは準備があるから少しここで待っててくれよ」

 片手を挙げ、焼きそば屋に背を向けるファルクス。彼はそのまま、来た道に戻り始める。
 ミナカも後に続き、彼らは観光客が縦横する浜辺内で寄り道せず、ボートが停泊してある場所に真っすぐ向かう。

「中尉殿。一つ申しますが、どのようにしてあの店を再建させるつもりか? まさか、働きたいだけで考えなしに提案しただけでは」
「まさか。勿論考えあるさ。文字通り、焼きそばを向こうの店より美味くさせる。その為に、これからシャトルに戻ってある調味料を調達しに行くのさ」
「・・・まさか、文化発展して改良された調味料を使うつもりか。それは戒律に抵触する可能性がある」
「使っちまえばバレねぇよ。食生活じゃ、どこも改良されてもおかしくない。例えそれが、焼きそばにとって最高の相性になったモノでも、な」

 そうして彼らは森の中に入り、浜辺の外れに向かう。
 そこでファルクスが何かを思いついて、顔を空に向かって仰いだ。

「そういや、焼きそば店じゃ普通すぎて、客に第一印象としてのインパクトが無いな。まず一人、シャトルに残っている機関士を呼び寄せて、屋台を派手に改築させるとして。後は何か特別な、衝撃を受けるような店名に変更した方が良いなぁ。何にしようかな・・・」

 考えに考え、ああでもないこうでもないと彼がぼやいている中、ミナカは邪魔しないように無言を貫き、その間でボートに辿り着く。
 ミナカが稼働の準備を進めていると、漸くファルクスが大声で決めた、と叫んだ。

「ミナカ、こんなのはどうだい? 『宇宙焼きそば』ってのは」

 その店名を聞いただけで、ミナカは深い溜め息を吐いたのは言うまでも無い。



 
                                             ◇


 数時間後「恋鯨ビーチ」内

 未だ観光客の喧騒を残す浜辺で、二人の少年少女が並んで歩いていた。
 その風貌で姉弟である事が分かる。二人は緑の髪をしていた。まだ若く、十代半ばというところだろう。双子のようで、顔そっくりであり、可愛らしい顔立ちをしていた。
 一人、女の子は髪がセミロングで外にハネ気味、茶色の瞳を持ち、細身の体格をしている。これでも双子の姉である。ピンクのワンピースで統一されて、健康的な肌を腕や首筋から露わにしている。
 そして、もう一人の男の子は弟。髪は首筋まで伸びて、若干姉より高い身長。そして同じ体格。一見すると女の子に見えてしまう程、中性的な顔立ち。黄緑のTシャツに、その上に青い半袖カッターシャツを着ている。
 二人は高校一年という年頃で、今丁度学校は夏休み。二人はこの島に住んでいて、今日はこの浜辺で夏休み気分を味わおうと、訪れていた。

「ん〜! 今日も良い天気ね、カナイ!」と、女の子が背伸びをしながら口を開いた。

 それに同意するように、カナイと呼ばれた男の子も頷き、

「そうだね。日差しが強くて、観光客が一杯で、賑やかで楽しそうだね。ニライ」

 見る者を惚れ惚れさせるほどの、可愛らしい笑顔を姉であるニライに向けた。
 二人の本名は、浦島ニライと浦島カナイ。どこにでもいる、普通の高校生である。

「さっすが南の島で有名な事だけあるわね〜。海は綺麗で、さざ波が緩やかに聞こえ、老若男女達が思いっきり羽を伸ばしている。夏休みって感じねぇ! それで、内地や海外からやってきた良い男って居ないかしら〜?」

 ニライは興味深そうにキョロキョロと浜辺を見回している。
 また始まった、とでも言いたげにカナイは姉の見えない所で深々と嘆息する。
 彼女はこう見えても、思春期の少女。良い男性と巡り合いたいというのは判らなくもないが。そうすると、ただの変質者に見えてしまうので、極力止めて欲しい、と思うカナイ。正直、恥ずかしく思えてしまうのだ。

「ねぇニライ。悠長に構えていなよ・・・。そうすると、凄く、ふ、不自然だよ。きっと、向こうからやってくると思うからさ」
「何言っているのよ! 悠長に構えてたら、運命なんて切り開けないじゃない! 良い人と巡り合う為には、こちらから積極的に動かないと逃げちゃうものなの! つまり、恋は戦争なのよ!」

 激しく名言の無駄遣いではなかろうか、と一瞬思ってしまうカナイであった。
 一方のニライは、自分何だか凄くカッコイイ事を言ったぞ、みたいにガッツポーズをしていた。
 カナイは一瞬疑問に思った事を訊いてみる。

「ねぇ。高校ではニライを大切に想っている人は居ないのかい? ニライなら、良い男子生徒を一人か二人くらい言い寄られているんじゃないかな?」
「それはまぁ、一人か二人ぐらいじゃなく、十名くらい言い寄られてるんだけどね。でも、彼らには大人の魅力ってものがないじゃない! 正直、退屈しちゃうのよ。私と同じ考えの人ばっかりで。でも、大人な男性は違う価値観を持ってそうじゃない? そういうまだ見ぬ領域って重要だと思うのよ! 何処かに居ないかしら〜。多少理解しがたい変人でも、大人の魅力を醸し出す、カッコイイ男性って〜」
「はァ・・・―――」

 イマイチ姉の考えに納得できないカナイであったが、そこは未だ理解できない乙女心なのだろう。実際に会ったら自分が見極めれば良いのだから、今はそんなに心配する事は無いか、と思うのであった。
 そうして彼らは、出店が並ぶ地点に辿り着き、ゆっくりと一軒一軒見て回る。特に、ここにある海の家「パーラくいな」に務める店長とは知り合いで、一年前から良く利用している。後でまたここに戻って、何か軽く食べるつもりである二人はそのまま通り過ぎる。
 その隣には改築中であるのか、数人の男たちがトンカチを持って店に装飾を打ちつけている様子を、彼らは目にする。

「なんだろあれ? あそこって、前は焼きそば専門店があった場所よね、カナイ。その時、店員は一人だけだったような気がするけど、新しい人雇って準備してるみたいね〜〜」
「うん。確かにそうだったね。でも、もう直ぐ出来上がるようだから、気になるなら後で寄ってみよう。えっと何々・・・? 『宇宙焼きそば』? な、何か凄いスケールのある店名だね・・・」

 改築中の店は既に基礎部分は出来上がっている様で屋根に設置された、環上に小惑星が回っている中央で惑星みたいな模型に店名が書かれている。「宇宙手打ち焼きそば メンソ〜レ」とある。随分名前だけで客の気を引きそうな類であった。
 カナイは店名で注目して、僅かに身を引いているが、姉であるニライは違い、そんな事より準備作業をしている男たちに視線を注いでいる様だ。

「見て見て〜〜! あの二人、カッコイイと思わない〜〜!? 一人は外国人かな、白い肌をしてて顔立ちがワイルドで〜。もう一人は顎に僅かに見せるヒゲが渋くて真面目そうな武士よ、それに何気にあの『イチ○ー』選手に似てると思わない〜〜?」

 確かに彼女が示す先には、該当する二人の男性がカナイの目に入る。
 脚立に乗って惑星の環を取り付け作業をしている、茶銀髪でアロハシャツと半ズボンを着こなした青年。そして、木材を切り落としている、作務衣姿の黒髪和風の男性。確かに世の女性が一目見れば、黄色い歓声を上げそうな程に美形だった。
 不意に声が聞こえていたのか、茶銀髪の男性が片手で環を固定したまま此方に顔を向けて、ニヤリと歯を見せて手を振った。
 
「なんか、凄いこちらを見てた気がするのは、僕の気のせいかな・・・―――!」

 その時、カナイの視界が青く染まる。
 全てが青くなったのではない。光景はそのまま見える。だが、色彩が青くなったのだ。
 胸の鼓動が自分の意に反して高くなる。ドクン、ドクン、ドクン、と。その眼は青く、染まって。
 カナイの身体は硬直し、視線はあの二人の男性を捉え、外す事が出来ない。それどころか全く動かすことができないのだ。だが、意識ははっきりしている。その時感じているのは、ただ一つ。

「―――ねぇ、ニライ・・・。君は彼らから炎と木の匂いがしない?」
「え? 海の塩と美味しそうなソーセージの匂いしか感じないけど〜〜。人から炎と木が匂うなんて、そんな事あり得ないよ〜〜!」

 ニライには感じていないらしい。
 だが、カナイの鼻には確かに外人の男から木々の蜜の匂いが、和風の男から燃える炎が感じ取れる。この感覚は特異だった、しかし。この経験は決して初めてという訳ではない。ある事に関わり、その目覚めの前だった人物の前に立った時、それが起こった経験が何度もある。
 それから推測できる事は、一つ。カナイはまさか、と思った。

「もしかして、あの人たち・・・。力を持っているのだろうか・・・?」

 呟いて身体は変わらず硬直したまま、視線を逸らせずにいると。
 既に数メートル先に、ニライが大声で彼を呼ぶ。その声で、カナイの視界は元の正常の色彩に戻り、身体も意思通りに取り戻す。

「そろそろ先に行って、他の男の人を探すわよ〜〜! また後で戻って、様子を見ましょう〜〜!」
「あ・・・。うん、判ったよ」

 彼は二人に後ろ髪を引かれたが、直ぐに立ち去って姉の後を追っていった。

 ―――外人の男、ファルクスはようやく環の固定が終わって、汗を拭うように、額に腕を押し当てた。

「―――ふぅ。こんなもんか。・・・でも、あ〜あ。可愛い娘が二人も居て、熱心な眼で俺を見つめてたのに、手が離せなかったから何処かに行っちまったよ・・・」

 あの時ファルクスは、ニライとカナイに気付いていたが、手を離すと折角位置に移動させた環が落ちてしまうので、シャトルから呼び寄せた機関士が固定するまで、笑みを浮かべ、手を振る事しか出来なかったのである。
 彼は脚立を降りて、改めて改築した屋台を見る。随分良い出来栄えだった。これなら目立つし、客も思わず足を運んでしまうだろう。店の古さも板で補強して、新しい店の様にした。
 そして、焼きそばの味に関しては、シャトルから例のソースと様々な調味料を調達した後、ソースを使って焼きそばを作った。味見してみたところ、前とはかなり違う、流石は最高の相性に改良されたソースを使った焼きそばは絶品だった。店主であった男性も一味で認めてくれた。
 承認された後は、店の名前を改名と改築を申請。焼きそばを「宇宙焼きそば」と命名し、店の名前もそれに準じたものに改名されて、店もファルクスの提案通りに改築作業を行った。その姿がこれだった。
 屋台の全体を視界に収め、仰いだ彼は手に書類を持って、使う材料を確認する。

「後、具はガサミと呼ばれる濃いダシの出る蟹やエビ、後は特別に卵を使ってオムそばなんて物も良いな。後は手で手軽に食べられる焼きそばパンも入れて・・・四つのメニューを用意して、後はドリンクも準備すれば、良い舞台だ」

 書類にはメニュー案がある。宇宙焼きそばに具が指定でき、蟹、エビ、オムレツ、ホットドックパンと候補が並べられている。ドリンクも最低限の種類は揃えており、もう立派に「宇宙焼きそば」店の開店準備が整っている。
 後は、もう少しパフォーマンスが必要なだけが、彼の考えだった。
 ミナカが板に釘を打ちつけ終わったのを見計らって、ファルクスが声を掛けた。

「ミナカ、ちょっと良いか」
「はい。・・・如何なさった?」と、トンカチを置いたミナカは彼の前に立って話を聞く体勢となる。
「お前に頼みがある。お前、ヘラの扱いは得意か?」
「ヘラ、か。金属類なら、手先は器用で何でも扱える事は可能だが・・・」

 ヘラとは扁平な板状の道具であるが、粘り気のあるものをかき混ぜたり、またはそれを何かに塗り付けたり、あるいは削り取ったり、場合によっては柔らかい対象を刃のように押し切ったりする機能がある。焼きそばの調理に一般的に使われる道具だ。

「それと、此方から用意するヘラと共に、焼きそばを炒める担当をして欲しい。勿論、客が思わず観て感嘆してしまうパフォーマンスを入れて、な」
「・・・それは、目的の近道になる行為か?」
「違う、なんて言う筈が無いだろ。出来ると出来ないとでは、結果が大きく違ってくるのだけは確かだ。良い方向でな」
「了解した。善処しよう」

 敬礼はせず、ミナカは軽く会釈する程度で店の前に戻り、ヘラを手にとって感触を確かめるように軽く扱う素振りを見せた。
 ファルクスがその様子を見て安心したように、改めて店を見る。外見も中身も完成。店員の仕事準備も完了。既に周りは気になって立ち止る客候補の野次馬が集まっている。後は、開店を宣言するだけだ。
 彼の傍に、店長の男が近寄って声を掛けてきた。

「・・・まさか、ここまで変わってしまうとはな。君は不思議な人物だよ。持ってきたソースを加えただけで味覚や風味も変わり、様々な具を集めて客を飽きないようにと、工夫した考えを浮かべられる。君は一体何者なのだ?」

 店長は初めて自らが雇ったこの男の事が気になった。
 自分では到底浮かべられない事だった。それをこのファルクスという新人店員は、あの時あの場で全てこの事を予定し、見越していたというのだろうか、と。そんな人物が働き口を探して、人気のないこの店を選んだ事がまだ信じられなかった。疑いは無い。だが、不思議なものだった。そして、躊躇なく彼を含めた二人を雇った自分自身も。
 男の質問に対し、ファルクスはただニヤリと不敵に笑うだけだった。

「何者でもない。俺はただのしがない戦略家で、女好きのフリーターだよ」そう言って、資料を男に手渡して続ける。「さぁ、店長。開店の承認を」
「―――ああ、何時でも良い。始めてくれ」

 男の頷きを確認すると、ファルクスが機関士の男に一言手助けしてくれたお礼を告げて、店内を確認する。
 ミナカはヘラを持って鉄板の前に立ち、店長は手打ちそばの準備を始め、既に開店に向けて準備完了の体勢だ。
 ファルクスは振り返り、集まっている群衆に向かって、両手を広げ高らかに憶えたての言葉で宣言する。


「さぁ―――『宇宙手打ち焼きそば店』の開店だ! 皆さん、メンソ〜レ!」


 ようこそ、と・・・。




 ☆ 第三話へ続く・・・。