ニラカナ!航海日誌 第二話「上陸」2 作: 蒼雷のユウ 日時: 2009/09/07 12:54 「お話、有難う御座いました。色々回ってみます」 エレナは目の前に居る学生に礼を告げ、ローラと合流する為にその場を後にする。ポケットからメモ用の紙を取り出して、先ほどの情報を書き留めながら歩く。 「えっと・・・。『この群島には<マジムン>という実在の魔物が住み着いている。マジムンは島の奥に住み着いており、奥に行かなければ出会うことは無いけど、人間を襲うらしい。彼らは魔物らしく愚鈍であり凶暴。本能で動く存在であり、完全に滅さなければ危険は回避できない』か。あの学生さん良く知っていると思いますけど、存在するなら有名な存在なのでしょうね」 スラスラ、とペンを奔らせる。 「でしたら、奥に行かなければ良いのですけど・・・。万が一、行く事もあると思いますから、対策は練っておかなければ。戦闘の準備は怠らないように。中尉には護身用の銃を持たせなければ。ミナカさんはあの武器で任せ―――あ、いけませんでした。我が軍の技術を公にする事は戒律違反。では、やはり何かここの技術を入手しなければ―――」 呟きながら全てを書きとめると、海とは反対方向から、若い男達の声が聞こえてきた。 「―――なぁ、良いだろ? 俺と一緒に居ると楽しいって」 軽すぎる声色だった。 エレナはそれを聞いて一瞬、自らの上司の事を思い浮かべたが、振り向いた先の人影は複数いる。 男たちは皆、水着姿をして髪も染めており、どこにでも居る若者達だった。彼らは白のワンピースと麦藁帽子の銀髪の女性を前に立っていた。数は六人だ。 その内の一人が若者達とは違い、特に異彩を放っていた。 彼は髪を全て金髪に染めているようだが、細身で長身だ。また腕に筋肉が付いていない事から鍛えていないとエレナには分かるが、なのにリーダー格のような雰囲気が漂っているように感じられる。まるで、それは彼が他の男たちを買収しているような様子だった。 実際、男はそういう金を使うような部類だったようだ。 「俺さ、親父がかの有名なURASIMAコーポレーションの重役なんだ。だから、小遣いもたんまりあるぜ。それで毎日楽しいんだ。俺と一緒になれば何でも買ってやるよ」 「―――あら、そうなの?」 六人の男と対面している女性、ローラは表情を崩さずに応答しているようである。 彼女の事はあまり良く知らないが、先ほど話していた冗談を今も気にしてしまっているのか、何気なく男たちに付いて行くことになるのではないかと、エレナは思ってしまった。 手に持っていたメモをポケットに仕舞い、砂上で足を進めて声を掛ける。 「お話中すみません。彼女は私の連れなのですが、今忙しいので失礼します」 割り込む形で彼女はローラの隣に立って、連れ出そうと手首を掴む。 あら、と意外そうな面持ちでローラは気づく。特に気にした様子を見せない。 しかしながら、目の前に新たな女性が現れた事は、男たちは気にしたようだ。勿論喜びの方向で、である。 「ヒュー! この娘もカーワイーよ! ちょうど良いや。二人一緒に遊びにいこーよ」 「良いねぇ!」 男たちは色めき沸き立つ。 今の状況を見て、エレナは表情を曇らせた。 「・・・。あの、私が先ほど言ったことを覚えてます?」 「えー、何か忙しいんだっけ? でも、そんなの放って置いてさ。俺たちと遊ぶと絶対楽しいって。ね、俺たちと付き合おうよ」 色々装飾した男たちの一人が、軽い態度で言ってきた。 彼に合わせるように、他の男達が頷く。一番後方に居る一際目立つ雰囲気を持つ男も何も言わず、口元を歪める。正直彼らにとっては一人より多い方が良いのだろう。一人を大勢で取り合うより、半分にした方が良いと判断したからだ。 彼らが考えそうな事は直ぐに、エレナには分かった。仕方が無いので彼らは放っておいて、ローラの手を引っ張ってその場を後にしようとする。 しかしながら、彼女らの行動を先に理解してしまったのか、男の一人が立ち去ろうとするローラの肩に向かって手を伸ばした。 「オイオイ。ちょっと待ちなよ。用事なんて下らない事だろ? 俺達良い所に連れてってやるから、黙って付いて来―――!」 口にしながら肩を掴もうとした時、ローラが振り返ってその手を厳しく振り払った。 足を止めたエレナも、掴もうとして手を弾かれた男も、その仲間達も、茫然としてしまう。 ローラは感慨ない表情で冷たく、そして愉快そうに告げる。 「汚い手で私に触らない事ね。それに何、貴方が仕切るのかしら? そうだとするなら、これほど退屈で任せられない事はないわ。それを私が仕切るなら面白味があるわね。贅沢を言うなら、お手まで出来るとなお好しだわ」 ローラは妖しい笑みを浮かべている。ニヤリ、という擬音が似合いそうなほどに。 エレナ達は混乱している。 「貴方達が私に付き従い、不様に靴を舐めるなら付き合ってあげても良いわよ。一つ一つ歯を抜いて、綺麗になったその後で私はご褒美に優しく飴を恵んであげる。誰にでも尻尾を振る低俗な駄犬は必要ないわ、それならまだあのエロ上司の方が可愛げがある。望み通りに誓えるのなら、たっぷり躾けてあげるから。だから、ひれ伏してご主人さまと御呼びなさい、このブタ共ッ」 「ブタ!? 犬じゃなかったのですか!」 クスリ、とローラは微笑んで、最後は高い声音で吐き捨てるように言った後に、エレナがツッコミの為に直ぐに我に返っていた。 男達は微動だにせず口を開いて固まっていたが、リーダーの男が強い口調で。 「―――よ、良く判らんが俺達を馬鹿にしてんじゃねぇ! 黙っているからってつけやがりやがってよ。おい、お前ら。連れてけ、力づくでもな」 そう仲間の男達に指示を出した。 男達の一人がその言葉を聞き入れ、その大きな手でローラの頭を捉えようとし―――。 「―――それだけは黙って見てる事はできません」 素早く二人の間に割って入った手が、男の手首を正確に捕えた。その手はエレナの左手であり、右手は男の顎を捉える。両手が円を描くように反時計回りで滑らかに動く。途端、男の身体がいとも簡単に浮かび上がり、エレナを越えて吹き飛ばされる。 柔道のような技だった。合気道な技にも似ている。投げ技だった。エレナは様々な武道を習い、その身に叩きこまれている。その小さな身体で、大柄な男を軽々と投げ飛ばす術を知っている。 投げ飛ばされた男は、近くの岩に背中からぶつけ、激しく悶えた。握り拳を作り、姿勢を水の様に流れた動きで構えるエレナ。それをただ見つめるローラと男たち。 エレナは男たちを注視しその抑揚なく、可愛らしい声音で対峙する。 「円とは全ての循環。力も然り。放たれた力は円の前では風の如く流れる・・・。―――これ以上危害を加えるというなら、武力行使してでも失礼させて頂きます」 「武力行使、だと? 面白いじゃないか。・・・オイ、お前ら。女相手だからって手加減するんじゃねぇぞ。コイツ、中々やるが数で押し切れば問題ねえ筈だ!」 男たちがエレナを取り囲む。 ローラはこの状況を冷静に受け入れているのか、大した動揺もせずに既に僅かに距離を置いているようだ。 エレナも同じように恐怖心など微塵も見せず、鉄仮面を被っているかのように、落ち付いた表情で握る拳を強めた。 「大人しく―――!」 男の一人が叫びながら拳を振う前に、エレナが動いた。 「―――シッ!」 雷のような鋭い一撃が、男の鳩尾に容赦なく叩きこまれる。その男より低い身長を利用し、若干遅い相手の拳が振われる前に、彼女は先手必勝を行う。 「ぐぅ―――!」 鳩尾に拳を叩きこまれた男は、背中を丸めて膝を折る。 エレナの視線は既に次の敵へと向けられている。 「まず一人です」 「―――この女!」 反対の真横から、回し蹴りが炸裂する。狙いは、頭。そこを蹴り飛ばすことで意識を朦朧とさせる事が狙いだ。彼ららしい目的を浮かべる思考だ。 だが、武道の経験を持つエレナにとっては、その狙いはお見通しだった。彼らの立場に立てば、どのような行動に移すか簡単に読める。 頭を狙う男の回し蹴りを、エレナは左腕で守る形で止める。 細い腕であるが、力点を突く事で衝撃を緩和させたと同時に、回し蹴りでは体勢を崩しやすい砂場という足場の為、打ち破られる事は無い。完全に防ぎきる。ほぼ同時に、彼女の右足が男の腹に伸び、蹴りつける。 「ぐはっ」 「二人目です!」 先ほど投げ飛ばした一人を含めれれば、残り三人。 男はお腹を押さえて悶え、動く事が出来なくなった姿を視界におさめていた二人の男たちは挟み撃ちを狙おうと、エレナの両端に動き一人が捕まえ、もう一人が暴力を振おうとして接近する。 エレナはそれも分かっていたが、挟撃された場合に同時に対処しようとすれば、それは大きな隙ができ、強力な攻撃を受けてしまう事も頭に過っていた。そうであるならば、彼女がとった行動は。 「―――へへ、捕まえたよ。お嬢ちゃんよ♪」 「よし。そいつ抑えてろ」 エレナは拳を作っている男に対峙し、背中から両腕を羽交い締めにされる。両腕を動かせなければ、拳術を出す事は敵わない。彼女の目線は一瞬背中越しの男に向けられ、もう一人が迫り来る状況に、唇を一文字に引き結んだ表情を浮かべる。 近くから離れて見守るローラは動く気配が無い。動けないエレナを助ける素振りは全く見せない。ただ、静かにその姿を見守るだけだ。時折彼女を困らせる事で見せる満悦した表情ではなく、静かに子供を見守るような視線で。 そして、周りは近くの野次馬達が状況に気付き、ハラハラした様子で立ち止っていた。誰かしらその喧嘩の様な光景を止める為に浜辺の管理者を呼びに行ったようだが、戻ってくるまでに止められる状況かどうかは不明だ。 エレナの前に居る、男の動きは止まらない。 「安心しろ嬢ちゃん。その顔だけは殴らないでおいてやるが、気絶するまで腹に遠慮なく叩きこんでやるからよぉ!」 男の拳が振われる、その直前。 腕を抑えられて羽交い締めにされたエレナは代わりに蹴術を行使した。右足をそのまま、既に迫っていた男の股下に向かって叩き上げ―――、 「%●#&!※?!」 男性にとっての急所を突いた。 それに、男は声にならない声を上げて、蹲る。エレナを羽交い締めしている男も、リーダーの男も顔面蒼白になって身体を硬直させた。 ローラは面白そうな場面を見た野次馬の様にあらあら、とニヤリと微笑む。 その張本人であるエレナは大して気にしていないように見受けられた。 「―――な、おい!」と、羽交い締めしていた男が我に返ったのを見計らったように。「ぐぁっ!」 エレナは自らの頭を、その男の鼻頭目掛けて強く打ちつける。男が鼻の痛みに耐えきれず思わず力が緩められた隙に、彼女は逃れ、素早く振り向いて肩に向かって蹴り上げた。 「やぁっ―――!」 「くそっ」 男は左手で鼻を押さえつつ右腕を振り上げるが、既にエレナの蹴り上げがあった。右肩を蹴り飛ばされ、拳の動きが止められる。さらに彼女の足が踵落としを炸裂させ、肩にダメージを負う。 そして、そのまま頬に向かって蹴りつけられる。 「っぅ」 頬を打たれた男は力なく倒れた。 蹴った勢い止めるように身体を反回転して伸ばした足を地に着ける、エレナは一呼吸置いて、振り返る。 視線は倒れている五人を一瞥して、リーダーの男に。 「これで、終わりですか」 「―――バ、バカな・・・! 女で、たった一人に五人が一気にやられちまうなんて」 リーダーの男は戦慄する。信じられない光景と結果を突きつけられて。 「私はテコンドーで黒帯を持っています。テコンドーは『たい拳道』の格闘技です。『たい』は、踏む・跳ぶ・蹴る等の足技、『拳』は突く、叩く、受ける等の手技、『道』は、礼に始まり礼に終わる精神を表していますが、貴方達のような礼なき相手に、私まで礼は要らないでしょう。普段はそんな事をしないのですけど―――・・・どのような手を使っても退けますよ。・・・先ほどの様に」 「―――ヒッ!? く、黒帯・・・!」 リーダーの男は後ずさり、状況を確認する。屈強で喧嘩が強い男たちが簡単に破れ、残るは彼だけ。 正直なところ、彼はそこまで強くない。その世界に入ったのは最近であり、普段は気弱な青年だった。だから、彼は親の権力とお金に物を言わせて彼ら五人とつるんでいた。決して仲がそこまで良い訳ではない。ただ、買収のような真似事をしていただけなのだ。 だが、力に関して任せていた彼らが負けた。全くその事に経験が無い彼は弱い。全く歯が立たなそうにない。どうして勢いだけで経験より勝る事が出来よう。 ならば、彼は自らの利点を使おうとして動き出す。 「お、俺の親父は大企業URASIMA本社の重役なんだ。金だって一杯ある。俺なら、何でも好きな物を買ってやれるぞ! 服や豪華な料理や、家だって構わねぇよ。だから、穏便にしようや」 「―――服? 料理? すみませんが、その手に関する事は興味ないんです」 だが、エレナの表情は変わらなかった。 そこにローラが笑いを押し殺しながら、リーダーの男の為に補足する。 「あらあら、駄目よ。この娘はね、その手に関する事は疎いのよ。ファッションセンスはゼロだし、食事も必要最低限しか摂らないし、家も興味ないのよね。父親ラヴなのよ。若い女の子としての感性が失格点なのよ。だから、お金を使ってもこの娘はなびかないわよ」 「くっ・・・!」 男の表情が歪む。 今まで金持ちである事に、認めなかった人間は居なかった。利点だった。だが、それを否定されればなす術が無い。これ以上関われば、そこに転がる彼らと同じように―――。 「―――く・・・。い、良いんだな! 後で金に困っても、お、俺は知らねぇからな! 手、差し伸べてやんないからな! おい、い、行くぞお前ら!」 逃げるように回れ右して男は走りだした。蹲っていた男の仲間達も足がおぼつか無いまま、苦しそうな呻き声を漏らして立ち去った。 周りの野次馬達からも、ざわめきが起きて彼らと追い払った女性を静観していた。 エレナも追う素振りは無くシャツの汚れを払っていると、ローラが声を掛けてきた。 「流石ね。軍内テコンドー大会の準優勝者。動きに全く無駄がなかったように見えたわ」 「そんなことはありません。私の実力なんて、ミナカさんに比べれば雲泥の差ですよ」 「確かに彼の方が身体能力は遥かに上だったわね。でも、評価すべき点であるわ」 「そうでしょうか・・・?」 エレナが微笑して返した時。 傍からパチパチという、一つの拍手の音が彼女らの耳に響いてきた。彼女らが振り返るとそこには、一人の水着姿の女性が拍手をしながら近寄ってきた。 「―――凄いわね、貴女。大勢に囲まれても動揺しない度胸とその巧みな武術。可愛い顔して、中々やるじゃない」 女性は面白そうな試合を観戦した観客の様に、興奮を滲ませた明るい声音で微笑みを向ける。 正直、エレナは一目その女性を見た時に不覚にもドキリ、とする程に魅力的だった。金髪を腰より下まで伸ばし、美人でありながら可愛らしい顔立ちで、尚且つスタイル抜群な女性。着ている水着は大胆な白ビキニ。見るものを魅了してやまないほどのプロポーションを惜しげもなく晒している。 男の誰もが放っておかなさそうな外見と共に、何か大きな包容力がありそうな雰囲気を漂わせるその女性。同時に普通ではない何かをエレナは感じていた。しかし、無駄な筋肉などはない。鍛えているように見えるが、中々そうではない。隠された実力がありそうな、そんな風に彼女は見えた。さらに先ほど彼女を評価した事柄を作った、その洞察力の高さ。 女性はエレナの考えを知る由もなく、相変わらずその明るい声音で二人の前に立った。 「ずっと傍で見ていたわよ。騒ぎを偶然聞いて見てみたら、細身の女の子が屈強の男たちに囲まれて、喧嘩してたって話じゃない。最初放っておけなかったから助けに入ろうかな、って思ったんだけど、必要なかったみたいだったから」 「そうですか。お気づかい感謝しますけど・・・失礼ですが、貴女は?」 エレナがそう訊ねると、女性は多少申し遅れたような驚きを含ませた表情で直ぐに答える。 「私はアリスヴェール・アルテシオン。短く、アリスと呼んで構わないわよ」 女性―――アリスヴェールは微笑む。 名前を名乗られたのであれば、こちらも名乗らなければ失礼だろうと、エレナは口を開く。 「私はエレナと申します。こちらは私の仲・・・友達のローラと言います」 エレナに紹介されて状況を察したローラは矛盾が無いように自己紹介し、礼儀正しくお辞儀をする。 「それで、聞いておきたいのだけど。一体何があって喧嘩にまでなったの?」 アリスヴェールが事の経緯を問いかける。 エレナは特に隠すことはせず、それに応えた。 「ちょっとした情報を集めていた時に、ローラをナンパしていた男たちが居るのを発見して、止めたのですけど。こう言ってはなんですが、結構執着心があったようで、立ち去ってくれなかったんです。そうすると―――ってそうです、ローラ! あの発言、ワザとでしょう! あんな発言があれば、あの人たちは頭に血を上らせる結果になる事は分かってたでしょう!」 エレナの憤慨に、ローラは冷静に受け流す。 「ああでもしないと、何時までも終わらなかったのは事実よ。だから手っ取り早く終わらせる為に、彼らにそうさせたわ。彼らが力を行使したら、貴女は黙ってないでしょ?」 「じゃあ、アレは私にあの人たちを追い払いをさせる為に言ったのですか! 何という分の悪い賭けに出るんです、私が負けてたらローラも無事では済まなかったかもしれませんよ!」 「だって、貴女を信じていたわ。決して負ける事は無い、と」 ローラがそう答えると、エレナはうっ、と呻いて言葉を呑んだ。 そこまで言われてはそれ以上非難する気持ちなど、沸いて来る事はなくなってしまったからだ。 「―――良く判らないのだけど、ローラが一体何を言ったのか気になるわね?」と、アリスヴェールが腕を組んで、僅かに首を傾げて訊ねた。 その質問にニヤリと妖しく笑って返すローラ。 「私の本音を少し、ね」 「あんな女王様願望が本音ですか!?」 「本当なら、鞭を持ってヒールを履いて、もっと蔑みたいところだわ」 「まだあるじゃないですか、本音!」 「誰だって隠したい本性って、あると思わないかしら?」 「何ですか本性って!? 一生隠しててください!」 「自殺に追い込む程の精神崩壊にさせた場合って犯罪だと思ってるわ」 「当たり前です、ってどうしてそこで遠い眼をしながら語るのですか!」 「でも、その一歩手前って良いわよね?」 「傷害罪で訴えますよ!」 いつの間にか説明が、どこかの漫才のような状況が繰り広げられていた事に静観していたアリスヴェールが驚きつつも、大声で笑った。 「あははははははっ。本当に面白い二人ね。仲良しだという事が分かるわよ〜。―――それで、先ほどの説明を纏めると、一番の原因は」 アリスヴェールの一旦切った言葉に、エレナは固唾を呑んで見守る。 そして、彼女は大きく頷いて次の言葉を発した。 「あの男たちよね。ナンパしてきたのが、そもそもの原因なんだから。一体何があろうと、これだけは変わらないわ。口で言い返せず、手を出してきた時点でその人たちが悪い! これは世の中の理よ。当然の事なんだから」 確かにその通りだ、とエレナ達は思った。 原因がどちらであれ、先に暴力に走った方が罪に問われる。それが社会だ。法律で決められた事だ。それで応戦したエレナは謂わば正当防衛に当たる。自己を守る為に暴力で応戦したに過ぎない。 それで、罪に問うというなら、男たちの罪が大きい。それが悪口や挑発を受けてそういう行動を起こしたとしても、だ。 「それにしても・・・。本当にエレナの服装を見てると、先ほどローラが言ってたファッションセンスがゼロっていうのも、何だか分かる気がしてくるわね〜。凛々しいといえばそうだけど、なんか可愛くない!」 「え、え? あの・・・」 急に話題が自分の服装に切り替わって混乱する、エレナ。 それに我が意得たり、とでも言っている様に、ローラが彼女の話題に食い付いた。 「そうなのよ。こんな可愛い顔しているのに、キャリア風の女性としてカッコよく決めても合わないわよ。不相応と思わないかしら?」 ローラの言葉にアリスヴェールはね〜、と相槌を打つ。 初対面の筈なのに、妙に息が合っている二人。同じ話題を感じていた故なのか、直ぐに打ちとけていた。 エレナは僅かに頬を赤らめて、渋面を浮かべて反論した。 「い、良いじゃないですか自分が決めた服装なんですから! 動きやすさに着心地が素晴らしい服が、悪いって言うんですか!」 「別にそうは言ってないわ」 「じゃあ別に構わないでしょう。私が良いって言ってるんですから」 「・・・あのね、エレナ。職場には適材適所って言葉がある様に、服装もその人に相性とか見栄えに合ったものがあるの。その服装も悪くないけど、見栄えが良くない、合わないっていうことなのよ」 いつも冷静な鋭い意見を飛ばすローラに、呻くエレナ。 そんなに見栄えが良くないのだろうか、と彼女は改めて自分の服装を見つめてみる。動きやすいし、着心地は申し分なく、さらには正装として役に立つし、替えも効く。こんなに良い服は滅多にない。しかし確かに改めて思うと、ビーチでは不相応かもしれない、と思った。 同時にローラは長身であるし、美人でもあるし、冷静な大人の女性という雰囲気から、自分が今着ている服装の他に今のワンピースと麦藁帽子だけでなく、何でも似合いそうだな、と無意識に彼女は思う。 アリスヴェールという女性も、こうして水着で肌を出しているよりは、Tシャツとロングスカートにすると映えそうだ、とも思う。 「一応訊いておくけど、エレナってファッションのお店に行った事あるの?」と、唐突にアリスヴェールが訊ねた。 「ないです」「ないわ」と、エレナとローラは即答する。 どうして、と彼女が訊ねると、エレナは答える。 「ファッションはそもそも興味がありませんし、時間をかけるのも煩わしいですし、何より活動に非効率的ですから」 それを聞いて、アリスヴェールは一瞬顔を曇らせるが、何かを思いついたのか、直ぐ笑顔になる。 「―――じゃあ、今度私と一緒に服のお店に行かない?」と、言った。 突然の言葉にエレナは絶句し、ローラはそう来たか、と面白そうな表情で腕を組んだ。 アリスヴェールは人差し指を立てて論ずる。 「こういう素晴らしい事は、一度経験する事が一番よ! そしたら、貴女も絶対興味を持つと思うわよ!」 「いえ・・・あの。理由になっていないのですが・・・」 「今度機会があれば一緒に街に繰り出しましょう! うん、良い意見を言ったわよ、私!」 自画自賛を始めた。 エレナは全く話に付いていけずに困惑の表情をするばかりだ。彼女を眺めるローラも光悦した様子で笑みをこぼしている。 既に周りにいた野次馬は、見せ物が終わった後の観客のように、普段の喧騒を取り戻していて殆ど去って行ったようだ。 やがて、ローラが話を切る。 「それはそれとして・・・。貴女はここでバカンスをしに来たのかしら? 観光客?」 「ええ。一応そうなるわね。とある目的があって、この島に来たんだけど、連れが先に行ってって言われてね。する事が無いから、遊んでいたのよ。二人こそ、観光客なの?」 「そうね。でも、南の島の旅行は初めてだから、色々情報を集めて回ってたのよ。その途中で、あの男たちに絡まれた、というわけよ」 そうだったんだ、とアリスヴェールはいたく納得した様子である。 ローラはさらに続ける。 「連れって、誰かと一緒に来たの?」 「ええ。世界で一番素敵な彼氏と一緒にこの島に来たのよ」 「そうなの。彼氏が居るのねぇ」 「今は訳あって一時別れてるけど、すっごくラブラブよ♪」 へぇ、とローラは頷いており、エレナは彼氏というイメージが思い浮かべにくいのか、そこまで感情の変化はなかった。 アリスヴェールの言葉は真実のようで、彼女の表情は非常に嬉しそうである。 「その人のお名前は何というのでしょうか。アリスヴェールさんが認める位にきっと真面目で素敵な男性でしょうね」 エレナが気になって訊ねる。今までファルクスという不真面目な上司を相手にしてきたのだから、多少なりとも好奇心が沸いているのである。 アリスヴェールは自信満々に告げる。 「それはそうよ! なんだって、一番なんだから。彼の名前はね―――――・・・!」 だが、口にする途中で彼女は言葉を切り、何か深刻そうな表情を浮かべて、虚空を見上げた。まるで何かが現れて、彼女の中での危険信号が発せられているか、そんな様子で。 その違う様子に気づき、怪訝そうにエレナは「どうしたのですか?」と訊ねるが。 「・・・。そういえば私、友人を待たせていたわ。話の途中悪いけど、ここでお別れね。縁があったら、また会いましょうね!」 アリスヴェールは待たせている友人に会いに、手を振りながら言い残して急いで走り去った。 呼び止める事もしてよかったのだが、恐らく随分待たせてしまってしまったのだろう。彼女らは事を察して、後ろ姿が見えなくなるまでアリスヴェールを見送った。 急に静かになってしまった事で、奇妙な虚無感を憶えるエレナとローラであったが、 「何だか、本当にまた会えそうな気がしてくるわね」 「そうですね。ところで、何か情報を掴めました?」 「そうねぇ、私はある物を貰ったのだけど―――」 その時、ローラの耳に何かを弾く音が聞こえた。 彼女は絶対音感を持っており、この場所で人の喧騒の音の中であろうと、特異な音は聞き逃さない。 「ローラ、何か―――」 「シッ」 口元に人差し指を近づけるローラ。察したエレナは口を噤む。 ローラは精神を集中させて、耳を澄ませる。この場の喧騒とは違う、特異な音は再びそれも何度も聞こえた。何か、風船の様なものを掌で叩いたような音で、時折歓声も聞こえた。 「どうやら近くに、ビーチバレー大会がやっているようね。浜辺なら、当然やっている物だろうと思うけど・・・」 彼女がキョロキョロして顔を見回すと、誰か一人を見つけると素早く捕まえて、二言三言その人と話した後戻ってくる。 どうやら近くにビーチバレーが無いかを確かめ、概要に関する質問を行ったらしい事は、エレナにも推測できた。 「確かにこの先にビーチバレー大会があるそうね。ほら、あの先に見えるかしら?」 ローラが示す先に、確かに数人の水着姿をしてネット越しにビーチボールのような丸い物を弾いて、向かい合っている一人が上に飛ばして砂場に落とさない様に動き回る、スポーツをしている光景が僅かだが見える。 「聞いた話だと、その大会は始まったばっかりで、一回戦終了まで参加を受け付けているらしいわ。参加者には優勝賞品が与えられる予定で、賞金五十万円という現地の貨幣で支払われるようよ。確か、私達は今後の生活の為に、現地のお金を手に入れる事も任務に入っていたわね?」 「え、そうですね・・・。とりあえず、私達がいつも使う貨幣はここでは使えないから、食事代とか色々な事にお金は必要になります」 「そぅ・・・―――それなら好都合だわ」 ニヤリと笑うローラは、まさに魔女のような野望に充ちた笑みだった。 「これは、出場するしかないわね。そうと決まったら、早速水着に着替えるわよ、エレナ」 「ええっ!? どうして急に水着に着替えないと・・・いえ、急に出場なんて!」 「水着でやらないと、ビーチバレーとは言えないでしょ? 良いから、良いから」 反対するエレナの襟首にローラは掴んで、まるで人攫いのようにズルズルと引きずって、ビーチバレーを開催している会場へと向かっていく。 「ちょっと・・・! 待ってくださーい―――」 エレナの空しい静止に、誰も止める者は居なかった。 |