〜竜宮退魔伝〜2
作: ソード
日時: 2009/08/18 23:54


沖縄退魔伝〜





 どこまでも広がる青い空と、あまりにも美しく、言葉では言い表せないような海。
 ここは、竜空島。沖縄県にある特殊な島群の一つ。
 そこにいるのは、
「海だわー!」
 金髪の女性、アリスヴェールと、
「あの……遊んでていいんですか?」
 栗色の髪の少女、紗雪。
 二人とも水着に着替えている。アリスヴェールは大胆な白ビキニ。見るものを魅了してやまないほどのプロポーションを惜しげもなく晒している。
 豊満なメロンのような胸がプルプルと揺れている。
 対照的に、紗雪はビキニではあるがおとなしめな水着だ。ピンクのビキニで、腰にはオレンジのパレオを巻いている。
 抱いたら折れそうなほど繊細な体つきと、雪のように白い肌が美しい。
「え? ビーチに来て遊ばないなんてもったいないじゃない?」
 あっけらかんとアリスヴェールが言うのに対し、
「でも、刻哉さん達は今頃戦ってるかもしれないですし……」
 あくまでも真面目な紗雪であった。しかし、押しが弱いのも紗雪である。
「少しよ少し。それに聞き込みもしたいしね」
「……本当ですか?」
 懐疑心たっぷりの紗雪だったが、アリスヴェールはあくまでも自慢げに言う。
「もちろん! でも暑いから飲み物買ってくるわね。紗雪はここで待っててね〜」
 そう言うとアリスヴェールは近場の露店に向かっていった。
「……本当にいいんでしょうか……?」
 ポツリと呟く紗雪。ここは特殊な力が満ちている空間だ。それは魔術を刻哉に教わっている紗雪には分かる。アリスヴェールにも分かるはずだと思っていたのだが、彼女は力が大きすぎて分からないのかもしれない。
 と、考えていたら紗雪は一つの結論に至る。
「もしかして、私が足手まといになる可能性があるからアリスヴェールさんは遊んでるのでしょうか……?」
 そう、特殊な力が満ちているここでは魔術が使えない。魔術が使えないということは、紗雪は全くの足手まといだ。それが分かっているからアリスヴェールは戦いに赴かないのかもしれない。
 実際にアリスヴェールがそんなことを考えているかどうかは知らないが、可能性としては高い、と紗雪は思った。
 そんなことを考えていた時、
「やぁ、そこの可愛らしいお嬢ちゃん。ここで逢えた事に最大の感謝、しかもこのようなロマンがある場所で俺たちは出会った。何か運命的なものを感じるよ」
 いきなり声をかけられた。少し長い銀髪を後ろで束ねた、美形のナンパそうな外人さんだ。
「俺の名前はファルクス、ここで会えたのも何かの縁ということで、君の名前を教えてもらえないかな?」
 ファルクスはどこからか取り出したバラの花を差し出して見せた。本当にどこから出したんだろう、と紗雪は思ってしまった。
「あ、えっと、霧島紗雪といいます」
 素直に答えてしまった。それがさらにファルクスを増長させる結果となる。
「紗雪、か。雪のように白く美しい肌を持つ君にぴったりの名前だ」
 そして、ファルクスは大胆にも紗雪の手をとって花を握らせる。
「どうだい? 一晩の運命の夜を俺と一緒に過ごさないかい?」
「え? えっと、その、私は彼氏や連れがいるので――」
「フッ、俺はその彼氏よりはるかに魅力的である自信があるよ」
 ちょっと紗雪はムカッときた。おとなしい紗雪が、魔術でもぶちかましてやろうか、とか思ってしまうほどに。
「えっと、仕事で来てるので、失礼します」
「仕事? なんなら俺も手伝おうか? 何、荒事でも問題ないよ。俺には優秀な護衛がいるからね」
「いえ、結構です。私だって依頼を受けてここに来ているんですから、誰かに手伝ってもらうなんて出来ません」
「フム、プロ意識か、素晴らしい。それがさらに君を魅力的にしているよ」
 いい加減退いてくれないだろうかと思っている紗雪であった。
「あの、手を離して貰えませんか?」
「ん? あぁ、失礼。君の肌は美しいだけでなくビロードのように滑らかだね」
 手を離されると同時に、一瞬だが紗雪は何か気配を感じる。人ではないような視線を感じる。まるで獣が獲物を品定めするような、視線。
 紗雪の表情が一瞬だけ変わったのを感じたのか、ファルクスは少し焦りだした。
「ど、どうしたんだい? そんなに不快だったかな?」
「す、すみません、失礼します!」
 ここにいてまとめて襲われでもしたらたまらない。紗雪は急いで竜空島の北西の方角に駆け出した。


「この辺りから気配を感じたんですけど……」
 思わず走ってきてしまったが、よくよく考えれば紗雪は今魔術が使えない。それでどうやってマジムンと相対するつもりなのか。
 やっぱりアリスヴェールをつれてくるべきだったと紗雪は後悔していたが、来てしまったものは仕方ない。
「刻哉さんならこの未知の力も使いこなしちゃうんでしょうけど……」
 自分にそこまでの腕前はない。だからこそアリスヴェールと組んだのだが、やはり一人で来てしまったのは間違いだろう。
 そのようなことを考えていたとき、劈くような高い咆哮が聞こえた。
「え――?」
 はるか天空に巨大な影。大鷲のような、しかし大鷲ではない存在が強襲してくる。圧倒的なまでの速さで。
「っ――」
 紗雪は恐怖に一瞬気をとられかけたが、ギリギリで襲撃を回避することに成功する。反撃に魔術を放とうとするが、ここでは使えないことを即座に思い出す。
 大鷲は、よく見ると、鷲と人間を足して割ったような、鳥人ともいうべき姿をしていた。
「ハッ、避けたかよ」
 なんと、この鳥人も喋った。
「……貴方は、魔物ですね?」
「いかにも」
 大鷲はその双翼を大きく広げると、再び羽ばたく。
「どうせ俺に喰われるだけだろうが、少しは楽しませろよな!?」
 天空に上りあがった鳥人のマジムンが、さらに大きく背中に翼を反り返らせ、
「ふんっ!」
 翼を大きく振るうと同時に何かを飛ばす。
 おそらく、羽根であろう。当たると思われた次の瞬間、紗雪は何者かに横から掴まれて気がついたら宙を舞っていた。砂が吹き飛ばされるところを見ると、羽根の威力は凄まじいようだ。
「紗雪、大丈夫!?」
 アリスヴェールだ。再び飛んでくる羽根を、アリスヴェールは紗雪を抱えたまま横に跳躍して回避。
「面倒ね、紗雪、魔術使えないのよね?」
「は、はい」
「私も能力が使えないの。だから素手でやるしかないわ。だから紗雪は逃げて」
「えぇ!?」
「蒼真たちも多分同じ状況になってると思う。とりあえず、私が時間を稼いでる間に島の外に脱出しましょう。そうすれば戦えるはずよ」
 嫌だと言いたかった。しかし、この状況ではそれが最善なのも確かだ。仕方なしに、紗雪は頷くとビーチの方角に駆け出した。
「さぁ、来なさい!」
 アリスヴェールに向かって鳥人マジムンが突進する。
「人間風情が、俺様に敵うと思うな!」
 そして、翼を思い切り振り下ろす。圧倒的たる威力を持った一撃だったが、
「その程度?」
 いとも容易くアリスヴェールは受け止めて見せていた。その細腕とも言うほどに細い左手一本で。
「なっ――」
 ゴツッ、と打撃音が響く。アリスヴェールがフルパワーで殴ったのだ。圧倒的たる身体能力。それがアリスヴェールの能力の一つ。マジムンだかなんだか知らないが、アリスヴェールのほうがパワーは上のようだ。鳥人マジムンは、吹き飛ばされて海上に落ちた。
「らっくしょう!!!」
 ブイサインを右手で作りながら笑む。そして、振り向く。
「やってくれたな……この女……!」
 しかし、振り向いた瞬間水の中から鳥人マジムンは飛び出してきた。
「あら、意外と頑丈ね」
 そう言って、特攻してくる鳥人マジムンにカウンターを叩きつけようと試みる。だが、
「クククッ」
 鳥人マジムンはアリスヴェールの拳の射程よりさらに高い場所を滑空していった。
「え――」
 狙いはもちろん、
「紗雪を狙うつもりね!?」
 アリスヴェールは急いで鳥人マジムン追う。人間離れした速さだが、それでも鳥人マジムンのほうが速い。
「もう遅い!」
 鳥人マジムンが超高空まで一気に飛び上がり、翼から羽根を飛ばす。
 背を向けて走っている紗雪は気付けない。
「紗雪! 危ない!」
 紗雪に向かって飛来する羽根は、しかし、
「おぉっと、危ない」
 銀髪でサングラスの男が間に入り、
「出ろ、ボクの力の化身」
 そのサングラス男から飛び出た道化師のような何かが手をかざす。すると、羽根が一気に地に落ちた。
「おぉ、低級マジムンで助かりましたなぁ」
 エセ関西弁を喋る銀髪の道化師のような雰囲気を持つ男は、背中に道化師を従わせ、そこに確かな存在感を持って君臨していた。
「「貴方は――」」
 そこで、紗雪とアリスヴェールの声がシンクロする。
「「ジョーカー!?」」
「お嬢さん方、意外に苦戦されてるようなんで出張って来ましたわ」
「貴方、最初からここでは能力が使えないこと知って――」
「その話は後や。アリスはんも紗雪はんも能力使えるようにしとき。そうでないと死にますで」
「「能力?」」
 ジョーカーは怒るアリスヴェールをたしなめると、指で自分の後ろにいる道化師を示して見せる。
「お二方もこれが使えると踏んだんで呼んだんや」
 鳥人マジムンが再び、今度は真上から羽根を飛ばしてきた。
「急ぎ! イメージ方法は簡単や! 自分達の力と会話して、イメージが浮かんだらそれを具現化する! 頼みますで!」
 ジョーカーがいうがままに、紗雪とアリスは意識を研ぎ澄ませる。ここは竜空島の水辺。
「私の、力?」
 紗雪の脳裏に浮かんだイメージは、人魚。
「私たちにそんな力が?」
 アリスヴェールの脳裏に浮かんだイメージは、炎の戦乙女。
「死ねぇぇ!!」
 羽根が直撃すると思われた瞬間、炎と水が荒れ狂った。
 水が形作るのは、美しい御伽噺に出てくるような、人魚。身体が水で出来ているようで、半透明。
 炎が形づくるのは、剣を持った、羽根兜のあるアリスヴェールそっくりな戦乙女。ロングスカートに、赤い鎧、そして身にまとうものは、炎。
「これが――」
「力の、化身?」
 アリスヴェールと紗雪に語りかけてくる声がある。それがこの人魚や戦乙女から聞こえているのだと、なんとなく二人はわかった。
「クソがっ!」
 突進してくる鳥人マジムンに対して、紗雪は人魚と一緒に両手を前に掲げる。
「はぁっ!」
 巨大な水球が鳥人マジムンの目の前に現れる。そんなもの突っ切れる、と思い込んでいた鳥人マジムンだったが、水に触れた瞬間、引き込まれ、回転させられ、身動きが取れなくなった。
「ちょうどいいわね、紗雪、私が号令を出したらアレを消して頂戴」
 アリスヴェールが鳥人マジムンに向かって突進する。そして、両の拳に宿るのは、炎。
「今よ!」 
 水が一気に消える。そして、消えたところに炎を纏ったアリスヴェールの拳が、
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 連続で叩き込まれる。目にも止まらぬ、では生温い。目にも映らぬ、というほどの連続攻撃。
「終りっ!」
 トドメに顔面を炎の拳で吹き飛ばし、鳥人マジムンは粉々になって息絶えた。



「で、どういうことなの? ジョーカー」
 戦いが終わった後、アリスと紗雪はジョーカーに疑問を投げかけていた。
「どういうことも何も、ここでの戦い方教えるためにURASIMA本社に来てもらおうと思ってたら勝手な行動されて困ってたところですわ」
 やれやれ、と言いたげなジョーカーはアメリカンチックに疲れた、と言いたげなポーズをとる。
「う、それは――」
 実は、アリスヴェールがさっさと調査を終わらせようと言い出したため、この形になったのだ。
 本当は蒼真と刻哉はURASIMA本社に向かって話を聞こうとしていたのである。
「全く、蒼真はんたちが無事でよかったですな。戦い方も知らずにマジムンに襲い掛かるなんてパートナーを死なせたいんですかいな?」
「……ごめん」
 その様子を見ていた紗雪は、急いでジョーカーたちに割って入る。
「あ、あの、アリスヴェールさんも反省していますし、とりあえず刻哉さん達と合流――」
「あぁ、彼らなら」
 そう言ってると、蒼真と刻哉の叫び声が聞こえた。自分達の名前を呼んでいる。無事か!? と聞こえてくる。何故か服装がボロボロだ。かなり激しい戦いを行ったのだろう。
「蒼真!」
「刻哉さん!」
 紗雪とアリスヴェールは、慌てて二人の元に駆けだした。
 アリスヴェールと紗雪はまさに飛ぶかというような勢いで二人に飛びつく。
「怪我はないか? アリス」
「うん、へっちゃら」
 大人の抱擁、といった感じを見せ付ける蒼真とアリスヴェール。
「と、刻哉さんこんなにボロボロ――」
「怪我は治したから心配ねえよ」
 どちらかというとまだ初々しい感じのする刻哉と紗雪。
 しっかりと互いが無事なことを抱擁で確認すると、四人はジョーカーに連れられURASIMA本社へ向かった。