〜竜宮退魔伝〜1
作: ソード

日時: 2009/08/18 22:05  

沖縄県豊見城市、浦島群島。
一九七〇年代に海流の変化によって姿を現した新島群。
乙姫島、竜空島、玉手箱島の三つの島から成っている。ここでは、月光砂(レアサンド)と呼ばれる砂が発掘され、現在では全国電力の四十パーセントを賄うほどのものとなっている。
そのレアサンドを管理しているのが、URASIMAコーポレーション。
そして、URASIMAコーポレーションより依頼が入ることからこの話は始まる。



〜竜宮退魔伝〜



 動物と人影が相対していた。
「ふむ」
 いや、動物と呼ぶには少々厳しいかもしれない。明らかに、そいつは異形だった。
「魔物、いや、この地方ではマジムン、とやらでしたかな」
 牛のような、しかし、角が四本あり尚且つ四本足であるにもかかわらずあまりにも巨大。二メートルを超える巨体を持つそいつ異形。
 その異形と相対するのは、はねっ毛の銀髪で、目が狐のように細く、サングラスをかけた軽薄な雰囲気を持つ男。あえてその雰囲気を例えるなら、道化師。
「ふむ、ここではボクは力使えませんしなぁ」
 咆哮と共に襲い掛かる異形。突進し、角で串刺しにする気だ。
「まぁ、もっとも」
 しかし、その突進は、
「この程度なら問題ないんやけどね」
 あっさりと止められた。左腕一本で角をつかまれ、それだけでもう異形は動けない。
 再びの咆哮。異形は明確な殺意を以って咆え続ける。だが、次の瞬間、男がサングラスの位置を少しだけずらしただけという動作で、あっさりと咆哮はとまる。
「おや、分かりますかな?」
 エセ関西弁で喋る男の声は相変わらず軽薄だ。だが、それ以上に感じるのは、
「ボクのほうが」
 圧倒的な、
「強いいうことが」
 力。
 左手一本で異形を持ち上げる道化師。そして、そのまま地面にたたきつける。
 そして、右手で異形の頭部を、殴り、砕く。たった一撃で、砕かれる。
 頭が砕けると同時に異形はあっさりとその姿を消す。
「この程度のマジムンだけなら良いんですけどなぁ。念のために彼らでも呼んどきましょか」
 そう言うと、道化師はどこかへと消えた。 







 浦島群島の乙姫島に四人の若者が集まっていた。
「お前たちも呼ばれたのか?」
 精悍な顔つきと、締まりきった体、そしてツンツンした黒髪。傍から見て、男前といえるその青年が話しかけている相手は、
「あ〜、なんか面倒だけどな。ま、しゃーねーから来た、的な?」
 いかにも眠たげな表情を浮かべている寝癖だらけな黒髪の、長身痩躯の青年。キリッとしてれば美形だろうに、非常にもったいない。だが、それでいいと思う者もいる。それが彼女。
「私達まで呼ばれるとは思いませんでした。何があるんでしょう?」
 栗色の髪を腰まで伸ばした、美人というよりは可愛い系の少女と女性の中間くらいの年齢に見える女の子。細身で、守ってあげたくなる雰囲気を醸し出している。
「大丈夫よ、蒼真に私、刻哉に紗雪までいるんですもの。余裕余裕♪」
 そういうのが、四人のムードメーカー。金髪を腰より下まで伸ばし、美人でありながら可愛らしい顔立ちので、尚且つスタイル抜群な女性。
 精悍な青年は都築蒼真。
 眠たげな青年は氷室刻哉。
 栗色の髪をした女の子は霧島紗雪。
 金髪の女性はアリスヴェール・アルテシオン。
 全員が、裏で名の売れている実力者だったりするから恐ろしい。
 何故ここにいるのかというと、URASIMAコーポレーションと言う大会社から依頼が入ったのだ。簡単に言えば、魔物の討伐である。元々魔物退治を生業としているし、報酬も高かったので四人は即受けた。
 因みに、蒼真とアリスヴェール、刻哉と紗雪はそれぞれ恋人同士である。どのくらい恋人かというと、それはもう超がつくくらいバカップルなのだが、それは置いておこう。
「んじゃ、実力的に見て俺と蒼真、紗雪とアリスヴェールに分かれるのがいいと思うんだけどどうよ?」
 刻哉が効率を考えてこう言い出す。
「えー!? 何で私が蒼真と一緒じゃないの!?」
 その言葉にアリスヴェールは猛反対した。
「アリス、我侭を言うな。この中で一番強いのはお前だ。そして一番サポート向きなのが紗雪なら、こうなるのは仕方ない」
「むー」
 じろーっと言う擬音が似合いそうなほど刻哉を睨み付けるアリスヴェールだったが、蒼真の言葉は的を得ている。
「もう、なら私と紗雪にちゃんとご褒美用意してよね? ねー、紗雪?」
「え、私は――」
 言い篭った紗雪だったが、アリスヴェールに耳打ちされると、顔を赤くして頷いた。
「わ、私もご褒美欲しいです」
 その動作が非常に可愛らしい。どのくらいかというと、刻哉はやっぱり組み合わせを変えようかなと思ったほどだ。
 何を言われたのかは分からないが、その様子を見て、蒼真は頭を軽く掻くと、
「分かった、何か知らないけど、そのくらいなら構わない。アリス、紗雪を頼んだぞ」
「まっかせなさーい♪」
 そう言うと、意気揚々といった雰囲気でアリスヴェールと紗雪は砂浜のある竜空島に向かった。




 そして、玉手箱島にて。蒼真と刻哉が魔物、すなわちマジムンを探している時。
「……で、わざわざ俺と二人になる理由はなんだ? 刻哉」
 そろそろいいだろう、と思って蒼真が声をかける。
「ん?」
「わざわざ分かれなくても、四人で行動すればいいだろう?」
 疑念たっぷりの蒼真の視線と言葉。刻哉はそんな蒼真の様子を見て、
「やっぱお前は騙せねえか。なんか異質な空気なんだよな、この島群」
 刻哉が言うには、この島群だけが謎の力で満ちているらしい。刻哉でも知らないような謎の力。世界でも数人しかいない魔法使いですら知らないような。本当だとすれば、
「だったら、アリスと紗雪を別行動にしたのは――」
「観光名所にもなってる砂浜ならマジムンとやらも出ないと思ってな。俺らでさっさと倒しちまおう、って考えたわけだ」
「……非常にお前らしいよ」
 刻哉はなるべく紗雪を危険に近づけたくないのだ。出来れば自分と別れて裏の世界から身を引いて欲しいくらいに。
「それにまぁ、せっかくだしあの二人は砂浜で遊んでもらいてえじゃん?」
「それもそうだな」
 なんだかんだで彼女馬鹿な二人である。今頃アリスヴェールと紗雪は水着に着替えているかもしれない。ちょっと想像して赤くなる二人であった。意外と純情である。
 そんなことを考えていた時、咆哮が聞こえた。
「お出ましだな」
「さーて、さっさと片付けますかね」
 咆哮が聞こえた場所に向かおうとした次の瞬間、
「なっ――」
「おわっ!?」
 木を吹き飛ばしながら巨大な異形が二人の元に突っ込んできた。蒼真と刻哉はそれぞれ左右に跳躍して突進を回避する。突進してきたのは、異様に鼻の発達した巨大な豚。もちろんこんな豚はこの世に普通には存在しない。なれば、思うのは一つ。
「こいつがマジムンか?」
 蒼真が自らの力を使おうとする。刻哉も何かを描こうとした。だが、
「……何?」
 蒼真は訝った。蒼真は十六夜流という古武術の継承者である。そして、十六夜流は名前の通り、十六本の妖刀を継承する。その妖刀は、体内に宿してあるのだ。
「出せないだと?」
 再びの豚マジムンの突進。ギリギリのところで蒼真は回避する。どうやら妖刀が出せないようだ。
「おいおい、やばいぞ? 俺魔術出せねえ!」
 刻哉も魔術が使えないようだ。
「俺も妖刀が出せん。どうなってるんだ?」
 流石にこの二人でも、魔物を素手で倒すことは出来ない。翻弄することは出来ても、決め手が無いのだ。
 この島群に満ちている力が、二人の力を封じているのだ。
「撤退しかねえか?」
「そうだな」 
 冷静に二人は判断する。この状況では逃げるしか方法が無い。幸い、相手は知能の低そうな豚だと思っていた。しかし、
「逃すと思うか? 人間共」
 なんと、喋った。続いて二度目の咆哮。今度は突進はしてこなかった。
 そして豚のマジムンが姿を変える。異形であったその姿が変化するのは、やはり異形。しかし、今度は四足ではなく、二本の足で大地を踏みしめ、前足は手と化す。
「人型になりやがった!?」
 そう、人間型だ。まるで狐が人間に化けるように、瞬時に姿が変わった。だが、驚いている暇は無かった。後ろからバキッという音が聞こえる。
「……なぁ蒼真、嫌な予感したんだけど」
「俺もだ」
 二体目のマジムンが後ろにいた。蛟、と呼ばれる水蛇型マジムンだ。巨大な巨大な蛇。蒼真たちなど一飲みに出来そうなほど巨大な蛇。
 豚だった人型マジムンから雷が放たれる。同時に、蛟から水の矢が放たれる。
「遠距離攻撃まで出来んの!?」
「ちぃっ!」
 回避しようと試みたが、突如として生えた木が邪魔で思うように動けない。
「「ぐああああ!」」
 直撃。水の矢が刻哉に突き刺さり、雷が蒼真を苛む。二人とも鍛えているとはいえ人間だ。こんな攻撃をまともに受ければただでは済まない。ドサリと二人が倒れる。
「ふん、わしらの獲物としては随分と弱かったな。鍛えてはいるようだが」
 人型だったマジムンが再び豚の姿になる。そして、豚ではありえないだろう、というほどに大口を開ける。同時に、蛟も大口を開ける。どちらも鋭い牙がある。
 食べるつもりだ、二人を。
「硬くてまずそうだが、まぁいい。島の外から来た奴らは最高の獲物じゃ。お前らと一緒にいた女共も喰らってやろう」
 ピクッと二人が動いた。
「……テメェ、今なんつった?」
 ゆらりと刻哉が立ち上がる。
「なぜおまえたちがアリス達の事を・・・」
「我々は島に入る人間を監視する事が出来るからな。どこにいるかも把握している。まるで鷹の目というものだろう」
「成程・・・だが、さっきなんて言った? アリス達を喰うだと?」 
 同様に蒼真も立ち上がる。
「ほう、まだ立てるか。蛟! トドメをさすぞ!」
 再び雷と水の矢が放たれた。しかし、それでも二人は、
「そんな真似を――」
「許すと思ってんのか!」
 諦めない。
 強い強い光が二人から放たれる。動きを封じていた樹木が断ち切られ、水の矢が新たに生み出された木に吸収され、尚且つ雷があっさりと切られた。
 蒼真の背には巨大な鋼の竜、二足歩行だがトカゲ型で、角があり、尚且つ巨大な翼を持つ竜が存在している。
 刻哉の背には、ローブを来た老人のような者が存在している。一言で言えば、仙人。
 その竜と仙人が、攻撃を防いだ。
「なんだ!? これは――」
 竜から何か力のようなものが飛び出し、蒼真の手に宿る。それは体の一部かと思えるほど軽い、刀。
「……使えと言うのか?」
 同時に刻哉の左手には大極図が浮かんでいる。
「……へぇ、面白いじゃねえか」
 刻哉はこれが守護霊、もしくは精霊のような物だと感じ取った。そして、分かることは、只一つ。
 この竜と仙人は、二人に戦う術を与えてくれている。
 その様子を見て、マジムンは恐れおののく。
「か、覚醒しただと!?」
 マジムンが叫ぶ。覚醒の意味は分からないが、やはりこれは相手を倒すことができる力のようだ。
 ゆらりと蒼真が一歩踏み出す。すると、蒼真の姿が消え去る。高速移動ではない。確かにそこにいる。だが、見えない、聞こえない、感知できない。
 歩法、と呼ばれる十六夜流古武術の高等術だ。相手の意識から自分をそらすことにより見えなくする。
 対して、刻哉は大極図をいじっていた。蛟が飛び掛るが、刻哉は傷など関係なし、とばかりにあっさりと回避して大極図を操作し続ける。まるでパソコンをいじるかのように。
「なるほど、ここでは五行が使えるのか。ってことは陰陽術なら使えるな」
 刻哉の能力、それは瞳にある。あらゆる事象を魔術的に解析し、複写する特殊な瞳。その瞳を以って、この島に満ちる力を、そして、目の前にある大極図を解析する。
 蒼真が一歩ずつ豚マジムンと間合いを詰める。豚マジムンは分からない。蒼真がどこにいるのか、分からない。そして、目の前で刀を振り上げられているのも分からない。
 一閃。豚マジムンが真っ二つに斬り裂かれる、それも、あっさりと。異常なほどの切れ味だった。切り裂かれた豚マジムンはそのままバサッと灰のようになって消え去る。
「ここをこうして、こうすれば、と」
 刻哉は相変わらず蛟の牙を回避しながら大極図をいじっている。
「術式三、木気雷帝」
 ズンッ、と轟音が響く。網の目状になった雷が蛟を縛りつけ、その直後、巨大な雷が落ちた。
 蛟は全身を雷で焼かれ、あえなく消え去った。
「随分……と……変わった島……だな」
 傷だらけで無理矢理動いたため、流石にダメージが大きい。だが、それでも、
「だな……だけどいそがねえと……あいつら狙われてるみたいだしな……」
 急がなくてはならない。
 竜と仙人はそれぞれ蒼真と刻哉の体の中に入る。それを確認した二人は急いで竜空島の砂浜に向かう。
「……刻哉、今のはなんだったんだ?」
「平たく……言えば……精霊っつーか……守護霊っつーか、そんな感じっぽいけど……よくわかんねぇ」
 気にしている暇はない。アリスヴェールと紗雪が狙われているかもしれないうえに、この島では普通の能力が使えないのだから。
「ちと待ってろ……傷を治す。術式一、木気生命樹」
 二人を光が包む。生命エネルギーを樹から受け取ることで、二人の傷は癒されていく。常人ならまともに動けない、鍛えこんでいる二人でも相手を倒すと同時に力尽きてもおかしくなかったほどの傷が、治る。
「……よし、急ぐぞ、刻哉」
「わーってるよ」
 ボロボロになった服も気にせず、二人は人間離れしたスピードで駆け出した。